高梨沙羅に求められる「完璧な80%」 女子代表コーチに聞く五輪金メダルの条件

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「W杯も五輪もメンバーは同じ」

五輪への調整、そして本番での心構えについて語る山田コーチ 【スポーツナビ】

 金メダルに必要なキーワードとしてもうひとつ挙げたのが「調整力」だ。五輪、世界選手権は2月、もしくは3月とシーズン後半に行われる。「シーズン初めは毎年調子がすごく良いのですが、後半から落としてしまうことが多い」とコーチが見るように、大舞台が行われる時期との相性が悪い。

 シーズンの疲労が溜まることで調子も落ちていくのだが「体力というより、頭の疲れが問題」なのだ。風などその時々で変化する自然とも戦うジャンプ競技は、ひと試合で選手の心身を想像以上に疲弊させる。それは大会をパスしたからと言ってクリアできる問題ではない。

「休むと試合の感覚が一旦オフになってしまいます。落ちた後に上げられるという“絶対”はないので、ここで落として上げようとか、そんな難しいことはできないと思います」

 だとすれば、万全でないなかでどのように結果を出すのか。山田コーチは「W杯の勝ち方は分かっていると思うんです。強いて言うなら、五輪もW杯と同じでいい」と考える。

「今までの高梨選手は五輪で120パーセントを出したいという気持ちが強すぎて、それがネックになっていたと思うんですよね。でも120パーセントじゃなくても、80パーセントでW杯を勝っています。W杯と五輪は同じメンバーが出るわけですから、80パーセントを完璧にやればいいと思うんです」

 五輪で行われる女子ジャンプはノーマルヒルのみ。ラージヒル、団体も含めた3種目を行う男子と違って、4年間の思いは1日でケリがついてしまう。そこに気負いすぎてプレッシャーを感じ、自身の力が出せないという状況を作ってしまうのではなく、例えピークが合わなくても、追い風の悪コンディションでも、その状況下のベストを尽くすべく余裕を持てれば優勝戦線に絡める。それは抜きん出た実力を持つ高梨だから持てる心構えだ。

最大のライバル出現で高梨が得るメリット

W杯総合2位に躍進した伊藤(左)。高梨(右)にとってライバルでもあるが、受ける恩恵もまた大きい 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 五輪でライバルになるであろう選手はビッグゲームで輝くフォクトと、W杯で歴代3位の12勝を挙げているダニエラ・イラシュコ=シュトルツ(オーストリア)。また昨季W杯の表彰台に2度立った19歳のエマ・クリネツ(スロベニア)ら若手も伸びており、「(実力差が)僅差になってきています。各国が力を入れてきているのを感じます」と海外勢の追い上げは顕著だ。

 しかし最大のライバルを挙げるならば、高梨と同じく日本代表入りが確実視される伊藤有希(土屋ホーム)だ。昨シーズンW杯で初優勝を果たすとそのまま年間総合でも2位と躍進。山田コーチも「高梨の影に隠れていた感じはありますが、ずっと実力はある選手。なるべくしてなったというか、その力は持っていました」と高く評価している。

 高梨にとっては強敵が現れたとも言えるが、一方で追い風と捉えることもできる。「今までは一点に集中していたメディアの目が伊藤選手にも分散されることで、少しは高梨選手の負担は減るかなと思います」

 女子ジャンプが五輪競技となって以来、1人でスポットライトを浴び続けてきた高梨。しかし山田コーチが見る生来の性格は「ステージに立つのが苦手なタイプ」。報道陣から受けるプレッシャーが分散されることはプラスにつながるだろう。

 3日〜5日まで札幌で行われた国内大会3連戦は、両者がワンツーを占める形で高梨の2勝1敗に終わった。大会後、山田コーチは高梨の調整について「順調です」と満足そうな表情を浮かべた。

 今季のW杯は30日にリレハンメル(ノルウェー)で第1戦が行われる。あと1勝と迫る単独での史上最多、W杯通算54勝はシーズン序盤にも達成するはずだ。史上最多勝利という栄誉を勝ち得た先には、女子ジャンプ2人目の金メダリストという称号へのカウントダウンが始まるだろう。

(取材・文:藤田大豪/スポーツナビ)

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