ブラジル戦で感じた「ポット1」との差 想定外のアクシデントに我を失った日本

宇都宮徹壱

1対1での距離感をつかみ切れずにいた日本

ブラジルの勢いがペースダウンした後半、日本は槙野のゴールで1点を返した 【写真:ロイター/アフロ】

 VARでPKの判定が下されたのは、前半7分のブラジルのCKのシーン。この時、吉田はフェルナンジーニョのブロックを振りほどこうとして、結果としてホールディングの判定を受けることになる。ドイツのブンデスリーガやイタリアのセリエAでは採用されているVARだが、イングランドのプレミアリーグでプレーしている吉田には未体験のシステム。当人も「前半の立ち上がりは失点せずにしのぐプランだったので、本当にもったいないことをしてしまった」と試合後に悔しさをにじませていた。このチャンスにネイマールがGK川島の逆を突き、早々にブラジルが先制する。

 ブラジル相手に失点するのは、おそらく日本にとって想定内だったと思われる。ただし、いささか時間帯が早すぎたこと、そしてVARによるPK判定からの失点というのは想定外だった。「点を取るために前からいくのか、もう少ししっかりブロックを作るのか、もう少し(意志)統一ができていれば」と長谷部が悔やむように、ここでピッチ上の選手たちに混乱が生じる。そうした綻びをブラジルは見逃さない。前半16分には、怒とうのカウンターからまたしてもPKをゲット。今度は川島がビッグセーブで防ぐが、直後の17分には相手CKを井手口がクリアミスしたところを、マルセロが右足で豪快に決めて追加点を挙げる。

「ブラジル相手にどれだけ守れるか」という、この試合の日本のミッションは、この時点でもろくも破綻してしまった。根本的な問題として、日本は1対1での距離感をつかみ切れずにいたように思う。距離が近すぎると巧みに剥がされ、遠すぎるとスピードで振り切られてしまう。そうした迷いが対応の遅れを生じさせ、ファウルしなければ止められない状況が続く。そんな中、36分にもブラジルはカウンターから3点目を挙げる。いったんは吉田のクリアに阻まれるも、すぐさま拾って敵陣にボールを運び、最後は右からのダニーロの折り返しにファーサイドのジェズスが押し込む。前半はブラジルの3点リードで終了。

 いったい何点取られるのだろう──戦々恐々として迎えた後半、ブラジルの勢いはとたんにペースダウンする。ハーフタイムで彼らが最初に切ったカードは、何とGKのアリソンからカッシオへの交代。後半の45分は、テストの度合いを強めていくことを宣言したようなものである。そんな中、ようやく日本も意地を見せる。後半17分、CKのチャンスから槙野が頭で合わせてゴール。その後は、途中出場の選手たちが見せ場を作る。後半43分には、乾貴士のFKに杉本健勇がヘディングでネットを揺らすもオフサイドの判定。さらにアディショナルタイムには、森岡亮太のスルーパスを酒井宏が折り返し、浅野拓磨が飛び込むもタイミングが合わず。結局、1−3というスコアでタイムアップとなった。

後半の日本は「ブラジルに勝っていた」のか?

ポット1の強豪国、ベルギーとの対戦を控える日本。勇気をもって挑んでほしい 【Getty Images】

「前半と後半は分けて考えている。ボールポゼッションやパス回しのところで、(後半は)同等かそれ以上の戦いができた」

「(後半の)ブラジルが世界一のプレーを見せなかったのは、日本が(そうさせない)プレーをしたからだ。選手たちのパフォーマンスも、しっかり評価してあげないといけない」

 試合後の会見でハリルホジッチ監督は、3失点した前半は数多くの課題が露呈したことを認めつつ、それでも「後半に関しては日本が勝っていた」とブラジルとの一戦を総括した。前半が0−3で後半が1−0──。確かにスコアだけで見れば、後半限定で「日本は勝っていた」と言えるかもしれない。だが前述したとおり、後半のブラジルは4日後のイングランド戦を見据えて、明らかに流していたことは留意すべきだ。隣の記者席に座っていた先輩同業者が「これがドイツだったら、もっと悲惨なスコアになっていたよね」と語っていたが、まったくもって同意するしかない。

 かつてなくディシプリン(規律)が感じられるチッチ体制のセレソンだが、それでもこの日の試合運びはいかにもブラジルらしいものであった。前半は相手に心理的なダメージを与えながら得点を積み重ね、後半はさまざまな選手を試しながら相手に主導権を渡さず、じっくりとゲームを殺していく。セットプレーでの失点は誤算だったろうが、ブラジルにとっての日本戦は十分に収穫が感じられるゲームとなった。では日本にとってのブラジル戦は、どのような収穫があったのだろうか。

 個人的には課題山積みの前半に、むしろ価値があったと考える。このタイミングで、ポット1とポット4の力の差を体感したことは、確かにほろ苦い経験となった。それでも4年前の欧州遠征でオランダに引き分け、ベルギーに勝利したことで世界との距離感を見誤った蹉跌(さてつ)を思えば、はるかに前向きに捉えることができよう。数ある課題の中で、とりわけ深刻なのが、指揮官が言うところの「メンタル面」。序盤のVARによるPKでの失点のように、日本は「想定外」のアクシデントにとことん弱い。この宿痾(しゅくあ)を克服しない限り、W杯ベスト16以上という天井を越えることなどかなわないだろう。

 4日後の14日(現地時間)、日本はFIFAランキング5位のベルギーと対戦する。こちらもポット1の強豪国であり、ブラジルとは違ったタイプゆえに、新たな課題を日本に突き付けてくるはずだ。あまりの課題の多さと本大会までの試合数の少なさに、われわれ日本のサッカーファンは、ちょっとした絶望感に苛まれるかもしれない。とはいえ、本当の勝負は7カ月後。今がピークである必要性はまったくないのである。最後に確認しておこう。われわれが最も恐れるべきは、ここでブラジルやベルギーに完敗することではなく、準備も覚悟もないまま本大会に臨んで恥辱にまみれることである。よって次のベルギー戦も、新たな課題が露呈することを恐れず、勇気をもって臨んでほしいところだ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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