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最後のカード、岡野雅行の投入
集中連載「ジョホールバルの真実」(17)
試合は延長戦に突入。疲労の色を隠せない日本の選手たちが続々とベンチ前に戻ってきた
試合は延長戦に突入。疲労の色を隠せない日本の選手たちが続々とベンチ前に戻ってきた【写真:FAR EAST PRESS/アフロ】

 疲労の色を隠せない日本の選手たちが続々とベンチ前に戻り、岡田武史やスタッフ、ベンチメンバーが迎える。その場に座り込んだ名良橋晃は並木磨去光のマッサージを受け、北澤豪は三浦知良からタオルを受け取った。

 名波浩もピッチの上にぐったりと腰と下ろし、秋田豊は新しいシャツに着替えている。

 その周りを、岡田が落ち着かない様子で歩き回っていた。最後の交代カードをいつ切るか、迷っていたのだ。

 流れが日本にあるのは、間違いない。こうした展開でPK戦までもつれれば、劣勢のイランは儲けものだと感じ、押している日本が精神的に不利になる。

 最後の交代枠を使って勝負を決めたいが、もし、GKの川口能活がケガでもしたら、取り返しのつかないことになる。

 だが、イランはすでに3人の交代枠をすべて使い切っているのだ。リスクを冒すのは、今しかない――。


 うつむき、腕を組みながら、選手の周りを歩いてちょうど一周したとき、岡田は顔をあげて腕組みを解き、小野剛に岡野雅行の投入を伝えた。

 岡田の命を受けた小野は、ウォーミングアップスペースにいた岡野のもとへ行き、「岡野、出番だ!」と叫んだ。

 と、そのときだった。

「岡野がね、一瞬だけ後ずさりしたんですよ、引きつった表情で。それくらい誰もが極限状態だったんです」

 9月7日の最終予選開幕からすべての試合、合宿に招集されてきた岡野だったが、ピッチに立つ機会はこれまで一度もなかった。ようやく巡ってきた出場機会が、この緊迫した場面だったのだから、おじけづくのも無理はない。

〈やっぱり、エッと思いましたね。怖いという気持ちがありました。こんな時に出されてもというか、(最終予選に入って)本当に初めての試合だったので、怖かったというイメージが残ってます〉(『週刊サッカーダイジェスト』1997年12月17日号)

休息時間のタイムアップが近づき、日本のベンチ前には大きな円陣が
休息時間のタイムアップが近づき、日本のベンチ前には大きな円陣が【写真:アフロ】

 休息時間のタイムアップが近づき、選手たちが岡田を囲んで指示を聞く。その輪にスタッフが次々と加わり、大きな輪になっていく。遠くで見守っていた栄養士の浦上千晶にも声がかかり、日本のベンチ前に大きな円陣ができた。並木が振り返る。

「あれは、自然発生的に生まれたものなんです。最後にみんなで『ちあきも来い!』って呼んで。ああ、これが本当の円陣なんだな、って思いましたね」

 岡田が「ここで勝負にいくぞ」と告げ、「岡野を入れるから、スペースに走らせろ」と力を込める。ピッチで戦う選手だけでなく、ベンチで見守る選手、監督、コーチ、スタッフの全員がスクラムを組み、大声で必勝を誓った。

「このピッチの上、円陣を組んで、今散った日本代表は、私たちにとっては“彼ら”ではありません。これは、“私たちそのもの”です」

 延長前半のキックオフ直前、テレビ画面からはNHKの実況を務める山本浩アナウンサーの、感情を抑えた声が聞こえてきた。

 センターサークルでは、城彰二が岡野に話し掛けていた。

「DFの背後がかなり空いているから、『そこを狙っていこう』という話をした。岡野くんも緊張しいだから、言葉少なに『うん、頑張るよ』って」

 午後11時1分、運命のホイッスルが鳴った。


<第18回に続く>

集中連載「ジョホールバルの真実」

第1回 戦士たちの休息、参謀の長い一日

第2回 チームがひとつになったアルマトイの夜

第3回 クアラルンプールでの戦闘準備

第4回 ドーハ組、北澤豪がもたらしたもの

第5回 焦りが見え隠れしたイランの挑発行為

第6回 カズの不調と城彰二の複雑な想い

第7回 イランの奇策と岡田武史の判断

第8回 スカウティング通りのゴンゴール

第9回 20歳の司令塔、中田英寿

第10回 ドーハの教訓が生きたハーフタイム

第11回 アジジのスピード、ダエイのヘッド

第12回 最終ラインへ、山口素弘の決断

第13回 誰もが驚いた2トップの同時交代

第14回 絶体絶命のピンチを救ったインターセプト

第15回 起死回生の同点ヘッド

第16回 母を亡くした呂比須ワグナーの覚悟

第17回 最後のカード、岡野雅行の投入

第18回 キックオフから118分、歴史が動いた(11月13日掲載)

第19回 ジョホールバルの歓喜、それぞれの想い(11月14日掲載)

第20回 20年の時を超え、次世代へ(11月15日掲載)

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飯尾篤史
飯尾篤史
東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書として『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)、城福浩『Jリーグサッカー監督 プロフェッショナルの思考法』(カンゼン)などがある。

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