起死回生の同点ヘッド 集中連載「ジョホールバルの真実」(15)

飯尾篤史

ジャンプした城はその瞬間、サッカー人生で数回しか味わったことのない不思議な感覚に襲われた 【写真:岡沢克郎/アフロ】

 左サイドで中田英寿がボールをトラップした瞬間、城彰二は中田がセンタリングを上げるとは思わなかった。
「その場所からゴール前までかなりあったので、ヒデはドリブルを仕掛けると思ったんですよ。でも、ヒデがパッと顔を上げて中を見た。それで、上げてくるなって」
 そこで城がゴール前に走ると、予想通り中田はセンタリングを上げてきた。右足で擦り上げるようにして蹴ったボールが城のもとへと飛んでくる。
 センタリングに頭を合わせるためにジャンプする際にはセオリーがある。左からのセンタリングには右足でジャンプし、右からのセンタリングには左足でジャンプするのが定石だ。
 城は左足でジャンプするのが得意で、右足でジャンプするのが苦手だった。
 このとき、中田のセンタリングは左サイドから飛んできているから、城にとっては苦手な足での踏み切りが求められる。
 だが、苦手だったことが、幸いした。
「たぶん、あれが右からのクロスだったら、得意な形だから余裕があって、いろいろと考えたり、隅を狙って頭を振り過ぎたりしたと思うんです。でも、左からのクロスで、右足で飛ばないといけない、苦手な形だった。飛ぶ力が弱いから、確実に当てることだけを意識したんです」

 ミートすることだけに集中してジャンプした城はその瞬間、サッカー人生で数回しか味わったことのない不思議な感覚に襲われた。
「空中で自分が止まっているような感覚。GKの位置もDFの動きも見えたし、『殺人的』なんて言われるほど速いヒデのクロスもスローに感じられて」
 教科書通りに額で捉えたボールは、反応したGKの指先を抜けてゴールネットに突き刺さった。
 後半31分、ついに日本が同点に追いついた。

後半31分、ついに日本は同点に追いつく 【写真:FAR EAST PRESS/アフロ】

 殊勲の城は喜ぶ素振りを一切見せず、ゴールの中に転がるボールを拾いにいこうとした。呂比須ワグナーに抱き止められたのは、その瞬間だった。
「まだ同点だ、あと1点取らなきゃ、という思いがそうさせたんですけど、ロペに『待って。大丈夫、これで延長まである』と言われた。そうか、延長まで考えて戦えばいいのかって。みんなも疲れているし、急いでセットして攻め込まれたら元も子もない。それで、ボールを拾うのをやめたんです」
 コーナーフラッグを目掛けて駆けていった城は、得意の前宙を披露する。このパフォーマンスが、同点ゴールに沸くスタンドにさらなる熱狂を呼んだ。
「あれで、イランのダメージも大きくなったんじゃないかな。そういう意味では、ロペのファインプレー。しかも、イランのキックオフでプレーが再開する前、ロペが『ありがとう。これで報われた。もう1点取って、絶対勝とう』と言ってきたんです」
 このとき、呂比須が「報われた」と言ったのには理由があった。

<第16回に続く>

集中連載「ジョホールバルの真実」

第1回 戦士たちの休息、参謀の長い一日
第2回 チームがひとつになったアルマトイの夜
第3回 クアラルンプールでの戦闘準備
第4回 ドーハ組、北澤豪がもたらしたもの
第5回 焦りが見え隠れしたイランの挑発行為
第6回 カズの不調と城彰二の複雑な想い
第7回 イランの奇策と岡田武史の判断
第8回 スカウティング通りのゴンゴール
第9回 20歳の司令塔、中田英寿
第10回 ドーハの教訓が生きたハーフタイム
第11回 アジジのスピード、ダエイのヘッド
第12回 最終ラインへ、山口素弘の決断
第13回 誰もが驚いた2トップの同時交代
第14回 絶体絶命のピンチを救ったインターセプト
第15回 起死回生の同点ヘッド
第16回 母を亡くした呂比須ワグナーの覚悟(11月11日掲載)
第17回 最後のカード、岡野雅行の投入(11月12日掲載)
第18回 キックオフから118分、歴史が動いた(11月13日掲載)
第19回 ジョホールバルの歓喜、それぞれの想い(11月14日掲載)
第20回 20年の時を超え、次世代へ(11月15日掲載)

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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