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ドーハの教訓が生きたハーフタイム
集中連載「ジョホールバルの真実」(10)
イラン戦ではドーハの教訓が生きていたという
イラン戦ではドーハの教訓が生きていたという【写真:岡沢克郎/アフロ】

 アジア第3代表決定戦は、日本の1点リードでハーフタイムを迎えた。

 まだ試合の半分が終わっただけだというのにかなりの疲労を感じていた名良橋晃は、吹き出す汗を拭いながら、警戒心を強めていた。

「いけるという感じはなかったですね。これで終わるイランじゃないだろう、と思っていましたから」

 山口素弘は井原正巳と守備のバランスについて確認し合ったあと、中田英寿と名波浩をつかまえて、攻撃についての意見をすり合わせた。

 岡田武史の目には、先制点を奪取したあと、チームが弱気になったように映っていたという。少し嫌なリズムになったところで前半が終わったのは幸運でもあった。

 これまで岡田はどの試合でも、ハーフタイムの指示を3つくらいに絞って伝えてきた。それ以上を言っても選手は混乱するだけで、のみ込めないものだからだ。

 だから、このイラン戦のハーフタイムも「右サイドに思い切っていけ」「北澤(豪)はゴールに向かって飛び込んで受けろ」「中央で受けたら、もう一度外に展開して揺さぶれ」という3つの指示を出し、選手たちは落ち着いて岡田の言葉を頭に刻んだ。


 ドーハの悲劇が起きた4年前のイラク戦も、1−0とリードしてハーフタイムを迎えている。だが、あと45分で悲願が成し遂げられるという興奮から、ロッカールームは異様な雰囲気に包まれた。選手同士がそこかしこで勝手に会話を始め、監督のハンス・オフトが「シャラップ!」と3度も注意しなければならないほど、チームは混乱していたという。

 だが、このイラン戦ではドーハの教訓が生きていた、と名良橋が証言する。

「カズさん(三浦知良)たちドーハの経験者がいたのが大きかったし、僕もドーハでそういうことがあったというドキュメンタリーを見たことがあったから知っていたし、みんな、『まだ決まったわけじゃない』と冷静でしたね。岡田さんの話を聞いて、水分補給をしたり、後半に備えたりしているうちに、あっという間に時間が過ぎていきました」

実は、トレーナーとしてチームに帯同していた並木磨去光による隠れたファインプレーがあった
実は、トレーナーとしてチームに帯同していた並木磨去光による隠れたファインプレーがあった【スポーツナビ】

 実は、隠れたファインプレーもあった。

 この年の6月から7月にかけてマレーシアで開催されたワールドユース(当時)に出場したU−20日本代表は、準々決勝でU−20ガーナ代表と対戦した。そのときの試合会場が、このラルキン・スタジアムだったのだ。チームに帯同していた並木磨去光は、スタジアムのロッカールームの広さがホームとアウェーとで大きく異なることを、そのときから知っていた。

 ワールドユースで日本が使用したロッカールームは広々としていたが、アジア第3代表決定戦で日本にあてがわれたのは使い勝手の悪い、狭いほうのロッカールームだった。

 チームより早く会場に入り、そのことに気付いた並木は、顔なじみのマレーシアサッカー協会の人物を見つけると、ロッカールームの変更を願い出た。

「ワールドユースではガーナに負けたから縁起が悪いかもしれないけれど、広いロッカールームのほうが明らかにミーティングや準備がしやすい。イランチームはまだ誰も来ていなかったから、ダメ元で『変えてくれないか』と頼んでみたんですよ。そうしたら『オーケー』と認めてくれて」

 最大の決戦のハーフタイムに、落ち着いたミーティングを行えた理由のひとつには、こうしたネゴシエーションもあったのだ。


 ハーフタイムの終わりに城彰二は中田から「早く出てきてよ」と声をかけられた。

 イランに疲れが見え始めているから、フレッシュで動き回れるストライカーが相手ディフェンダーの背後を突けば、仕留めることができる、というわけだ。

「やっぱり世代によってサッカー観みたいなものが違うので、ヒデは僕と一緒にプレーしたほうがやりやすい、と思ってくれていた。僕もヒデのことは信頼していたし、『バンバン走るから、パスを出してくれよ』って」

 短いやり取りをかわしたあと、城は「ヒデ、あとで」と言って、グラウンドに戻る中田を送り出した。


<第11回に続く>

集中連載「ジョホールバルの真実」

第1回 戦士たちの休息、参謀の長い一日

第2回 チームがひとつになったアルマトイの夜

第3回 クアラルンプールでの戦闘準備

第4回 ドーハ組、北澤豪がもたらしたもの

第5回 焦りが見え隠れしたイランの挑発行為

第6回 カズの不調と城彰二の複雑な想い

第7回 イランの奇策と岡田武史の判断

第8回 スカウティング通りのゴンゴール

第9回 20歳の司令塔、中田英寿

第10回 ドーハの教訓が生きたハーフタイム

第11回 アジジのスピード、ダエイのヘッド(11月6日掲載)

第12回 最終ラインへ、山口素弘の決断(11月7日掲載)

第13回 誰もが驚いた2トップの同時交代(11月8日掲載)

第14回 絶体絶命のピンチを救ったインターセプト(11月9日掲載)

第15回 起死回生の同点ヘッド(11月10日掲載)

第16回 母を亡くした呂比須ワグナーの覚悟(11月11日掲載)

第17回 最後のカード、岡野雅行の投入(11月12日掲載)

第18回 キックオフから118分、歴史が動いた(11月13日掲載)

第19回 ジョホールバルの歓喜、それぞれの想い(11月14日掲載)

第20回 20年の時を超え、次世代へ(11月15日掲載)

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飯尾篤史
飯尾篤史
東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書として『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)、城福浩『Jリーグサッカー監督 プロフェッショナルの思考法』(カンゼン)などがある。

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