【ボクシング】“PFP王者”ウォード電撃引退の理由 功績を見直されるべきプロファイター
“退屈なファイト”で人気選手ではなかった
仇敵コバレフ(右)は皮肉のコメント。その中にはファンの言葉を代弁したものも含まれていた 【Getty Images】
ウォードの引退発表の当日、自身の復帰戦発表会見を行った仇敵コバレフはそう述べていた。元王者のコメントには、不本意な形で連敗を喫したライバルへの私怨が含まれていたのは間違いない。その一方で、“退屈なファイトがなくなる”という言葉は一部のファンを代弁していたのも事実ではある。
レジュメを眺める限りはもっと大きな存在になっていないのが不思議なくらいのウォードだが、米国内では人気選手ではなかった。
試合運びの上手さが身上の技巧派で、ファイトはスリルにかけることがしばしば。一般のスポーツファンにアピールできるアトラクションではなく、地元のカリフォルニア州オークランド以外にファンは少なかった。最後の一戦となったラスベガスでのコバレフとの因縁のリマッチでも、約1万2000人収容のマンダレイ・ベイ・イベント・センターに約6300人の有料入場者(無料券を大量配布し、公式観客数は10592人)しか集められなかったのは象徴的と言える。
HBO重役も称賛「完全なロールモデルだった」
ウォードの実力はまぎれもなく本物。もっと大きな祝福を浴びても不思議ではなかった 【Getty Images】
試合内容がスリリングではなくとも、プロモーション次第で人気選手になれるのはメイウェザーが証明した通り。ウォードも順調に試合を重ね、上手に売り出していれば、キャリアのどこかでボクシング界の顔としての立場を確立できていたかもしれない。引退の際にも、もっと大きな祝福のファンファーレを浴びていても不思議はなかったはずだ。
ただ……そんなマイナス材料を考慮した上でも、同世代に生きた私たちはやはりウォードの存在に感謝すべきであるように思える。
「アンドレ・ウォードは頂点に立ったままでキャリアを終える。リング上での技量に驚嘆させられ、そしてリング外でも完全なロールモデルだった」
HBOの重役ピーター・ネルソン氏の惜別の言葉は、ウォードのキャリアを分かりやすく総括している。スーパースターではなかったが、リスペクトされるプロフェッショナルファイターだった。トップ選手のビジネスマン色が強くなった現代において、必要以上のセルフ・プロモーションなしにリングで結果を出し続けたことは特筆に価する。プロモーターとのトラブルでブランクを作った期間を除き、常に強敵との対戦を目指して邁進(まいしん)したことも忘れられるべきではない。
ビッグファイト次第で復帰の可能性も
ただ……プライベートを大事にし、脚光を求めるタイプではないことを考えれば、この選手のカムバックの可能性はほかと比べて高いとは言えないのかもしれない。そういった意味でも、ユニークなトップファイターだった。
現代のボクシング界にオリジナルのレガシーを残し、無敗のエリート王者はリングを去っていく。引退時は静かでも、しばらくたったあとにその功績があらためて見直されるタイプの選手。8月に同じく引退を発表したばかりの世界ヘビー級元統一王者ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)に重なる部分もある。クリチコ同様、ウォードのファイトの記憶は徐々に薄れたとしても、残した記録は時を超え、そのキャリアはファン、関係者の間で語り継がれていくはずである。