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井上尚弥強すぎ。
米国デビューも真価は伝わったか?
米国デビューを圧勝で飾った井上尚弥(右)。現地の反応は……強すぎて、スゴさが伝わりにくかった!?
米国デビューを圧勝で飾った井上尚弥(右)。現地の反応は……強すぎて、スゴさが伝わりにくかった!?【Getty Images】

 井上尚弥(大橋)が本場米国デビューを無難な勝利で飾った。9月9日(日本時間10日)、米国・カリフォルニア州ロサンゼルス近郊カーソンのスタブハブ・センターでWBO世界同級7位アントニオ・ニエベス(米国)と6度目の防衛戦に臨んだ井上は、強打とスピードで圧倒し、5回にはボディーブローでダウンを奪う。そして6回終了とともにニエベスが棄権し、TKO勝ちを収めた(カリフォルニア州ルールではKO勝ち)。段違いの力を見せつけた井上だが、現地の反応は微妙。「圧倒的な強さは認める。でも、イノウエは(これから)もっと面白いものを俺たちに見せてくれるのか」。本場米国では「実力=人気」とはならない。井上が世界のスーパースターになれるのかどうか。順調な足取りでスタートを切ったのは確かでも、本当の楽しみは次戦以降ということになりそうだ。

2回で、あらかた観念したニエベス

 試合後の記者会見、米国最大のペイテレビ『HBO』スポーツ部門のトップ、ピーター・ネルソンはスピーチした。


「ニエベスはプロ、アマ通して一度も倒れたことがない。優れたテクニックも持っている。そんな挑戦者をダウンさせて、その上、棄権に追い込んだんだから、イノウエは素晴らしいと思う。今後もみんな彼を見たがるんじゃないかな」


 この日、米国のリングに初めて登場した井上のボクシングの魅力そのものを手放しに絶賛するのではない。その強さのほどを多少、親切過ぎるくらいに説明していた。日本のスターを招聘(しょうへい)したHBOお偉方が気遣いをしなければならなかったのも、井上尚弥があまりに強すぎたためだ。

「イノウエは素晴らしい」と評価される試合ぶりで、6R終了TKO勝利
「イノウエは素晴らしい」と評価される試合ぶりで、6R終了TKO勝利【Getty Images】

 プエルトリコにルーツを持ち、オハイオ州のクリーブランドで銀行員とボクサー稼業を掛け持ちしているニエベスが、まともにやり合おうところ試みたのは、せいぜい最初の3分間にすぎなかった。2回、決定的なピンチに見舞われながら、井上が終了10秒前の拍子木を勘違いし、攻撃を中断してくれたおかげでなんとか乗り切ったが、その後はまったくといっていいほど消極的な戦いに転じる。あるいはもう「勝てるはずはない」と観念しかけていたのだろう。ひょんなはずみで自分のパンチが当たったり、井上が大きなミスをしてくれたりと、“偶然”を拾うしか勝機はない、と。


「イノウエは速くてストロングだった。そして同じコンビネーションを容赦なく打ってきた」。リングを降りると、広報係にそう短くコメントしてニエベスは会場を後にしている。

 その言葉どおり3回以降、守勢一辺倒のニエベスに、井上は手加減しなかった。定評ある豪打を振って追いかける。5回には左フックをボディーに決めてダウンを奪う。そこからさらに一方的。6回、ニエベスがまともに繰り出したパンチはおそらく一発だけ。あとは井上に対峙(たいじ)もできないまま逃げ惑うばかり。このラウンドが終了すると、リングの中に飛び込んできたチーフセコンドが、ニエベスに一声掛けた後、すぐにレフェリーに棄権の意思を伝える。あっけなくも、実力差を考えての危機回避としては、実に適切な処置だった。

米国の人たち、もっと強い井上を知ってくれ

守勢一辺倒のニエベス(左)を挑発する井上
守勢一辺倒のニエベス(左)を挑発する井上【Getty Images】

 井上本人も念願だった米国進出、その初陣を文句のない勝利で飾った。たった6戦のプロキャリアで世界タイトルを奪い、8戦目で2階級制覇した。その本領は本場のボクシングファンにもきちんと証明できたはずだ。けれど、「強さ=面白さ=ファンへの興味」と順序よくつながらないのが、米国のボクシング界である。

 今回の戦いでしっかりアピールしたいと宣言していた井上も「もう少しきっぱりと倒して勝ちたかったですね」と自己採点を満点から30点も差し引いた。


 実際、試合前まで、現地の報道陣、熱心なファンは井上に圧倒的な注目を寄せていたのだ。メインイベントでは、前回不運な判定でタイトルを失った4階級制覇王者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア/帝拳)がシーサケット・ソールンビサイ(タイ)と再戦するが、井上初登場の注目度はほぼ同等だったと言っていい。スーパーフライ級ばかり3つのビッグマッチを集めた今回のイベントは『SUPERFLY』というキャッチフレーズがついたトリプルメインイベントだった。しかし、メキシカンの間で圧倒的な注目を集めた同国の元世界王者同士によるWBC世界王座挑戦者決定戦、ファン・フランシスコ・エストラーダ対カルロス・クアドラス戦を押しのけ、ゴンサレスと井上のダブルメインイベントとして扱う声も少なくなかった。


 3年前、世界戦29勝1敗、戦慄の強打者ノニト・ドネア(フィリピン)でさえ倒せなかったオマール・ナルバエス(アルゼンチン)をわずか2ラウンドでノックアウトして以来、あくまで熱心なファンの間ではあっても、井上の評判は空前だった。今回も公開練習、記者会見に多くのプレスが集まり、「東洋のシークレット」と表現されたりもした。

 だが、いざ、戦いが終わってみると、やはりメディアの反応は冷静なものが多かった。「イノウエ? もちろん、もっと見てみたい。この次も楽しみにしている」。どこか熱気を横に置いたようなそんな答えばかり。実力への評価までにとどまって、それ以上のカリスマ性にまで到達することはなかった。もちろん、ローマン・ゴンサレスの凄絶なKO負けに、興味がかっさらわれたせいもあるとしても、だ。

 私たちから見ると、井上の出来も完全無欠には見えなかった。初めての大舞台ということもあってか、全体的に硬さが目についた。あるいは一戦ごとに厳しさを増す減量のせいなのか、いつものような“跳梁(ちょうりょう)感”を感じることもなかった。5回に奪ったダウンもそうだ。左フックでずっとレバー(肝臓)を狙っていたが、倒したパンチは微妙に角度を変えて打ち込んだソーラープラクサス(みぞおち)ブローだ。そんな細やかな技術を米国のファンはちゃんと見てくれたのだろうか。

 井上がもっと『モンスター』なところを日本人として見せたかった。これだけ強ければ、相手も相当高いレベルでなければ、スリルを感じさせる以前の今回のような戦いになってしまうのだろう。


「これからは階級を上げて戦っていく予定です。ずっと見ていてほしいですね」


 真実の世界制覇にかける井上の野心に陰りはない。だったら今回は本場での肩慣らしと考えたっていい。ただし、真実のモンスターが。その真価を発揮する相手って誰? ロマゴンが大きく後退した今、スーパーフライ級からバンタム級にかけて、目の肥えた米国のファンが、納得できるような名前が見当たらないのは不安なところではある。

宮崎正博
山口県出身。少年期から熱烈なボクシングファンとなる。日本エディタースクールに学んだ後、1984年にベースボール・マガジン社入社、待望のボクシング・マガジン編集部に配属される。1996年にフリーに転じ、ボクシングはもとより、バドミントン、ボウリング、アイスホッケー、柔道などで人物中心の連載を持ったほか、野球、サッカー、格闘技、夏冬のオリンピック競技とさまざまスポーツ・ジャンルで取材、執筆。2005年、嘱託としてボクシング・マガジンに復帰。07年、編集長を経て再びフリーになる

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