終焉ムードを覆し、ナダルが世界1位復帰
できることは“変わらぬ努力”の積み重ね

ツアーを途中離脱した2016年

ケガによる休養期間を経て、3年ぶりに世界1位に返り咲いたナダル。力強く復帰シーズンを戦っている
ケガによる休養期間を経て、3年ぶりに世界1位に返り咲いたナダル。力強く復帰シーズンを戦っている【写真:Shutterstock/アフロ】

「僕らがこの場所に今いることを、予想した人はほとんど居なかったんじゃないかな?」


 8月21日発表の世界ランキングで、3年ぶりの世界1位に返り咲くことが決まった時、ラファエル・ナダル(スペイン)は、そう言った。その声色は感傷の色を帯びるでも、誰かを責める響きを込めるでもなく、ただ単に客観的な事実を、淡々と述べている風だった。


 ナダルがここで「僕ら」と言及した相手は、長年のライバルにして友人のロジャー・フェデラー(スイス)だ。昨年2月に膝にメスを入れた“生きる伝説”は、7月のウィンブルドンを最後に同年の年内全休を宣言した。一方のナダルは、手首の痛みを抱えたままプレーを続けるが、全仏オープンの途中棄権を余儀なくされ、最終的には10月半ばの時点でシーズンを切り上げる。かくして、長年テニス界をけん引してきた両雄は、昨年の終盤にはそろってコートから姿を消した。

時代が終わる予感も……再燃した勝利への欲

 ナダルとフェデラー時代の終焉(しゅうえん)を予感させる象徴的な出来事として、当人二人が、そろって思い返す一日がある。それは、ナダルが故郷のマヨルカにオープンした、アカデミーのオープニングセレモニー。10月下旬に執り行われたこの祝いの席には、盟友フェデラーの姿もあった。


 しかし、本来ならこの日最大のクライマックスになるはずのナダル対フェデラーのエキシビションマッチは、公園で遊ぶかのようなミニテニスへと縮小される。

「僕は片足しか動かせないし、ラファも片手しか使えない。あれが、あの時の僕らには精いっぱいだったんだ」


 今年1月の全豪オープンで両者が決勝を戦うことになった時、フェデラーは笑みを浮かべて述懐した。

「もう二度と起きないことだろうから、みんなこの瞬間を楽しんで!」


 本音か、あるいは諧謔(かいぎゃく)か……ナダルは会見の席でそう言うと、報道陣の笑いを誘った。


 その全豪決勝でフェデラーにフルセットで敗れた後の表彰式で、ナダルは、ほとんど笑みを見せなかった。その姿は、試合後の会見でも変わらない。ひたすらに悔しさを胸に秘め、この時彼は、グランドスラム決勝の舞台の、その先を見据えているようだった。

 それは全豪の約2カ月後に、マイアミ・マスターズ決勝で再びフェデラーに敗れた時も同様だ。


「ここまで良いプレーができている。ただ、どうしてもロジャーには勝てないけれどね」

 表彰式ではそう言い笑みも見せたが、会見時には「クレーコートシーズンで、タイトルを取る準備はできている」と勝利への渇望と矜持(きょうじ)を言葉に、そして目にたぎらせた。

勝利を重ね完全復活「僕らは先に進むしかないんだ」

 その自信を確信に変えたのが、4月のモンテカルロ・マスターズ、そして続くバルセロナ・オープン優勝だ。特にバルセロナの時には「ようやく、望んでいた自分になれた」との言葉も残す。赤土という“ホーム”でよみがえった全盛期の記憶を、彼は勝利を得るために心身へと刻み込む。一つのセットも落とさずつかみ取った全仏オープンのタイトルは、ナダルの復活物語のクライマックスであった。


 今回のナダルの1位復活の背景に、この3年間頂点に君臨したノバク・ジョコビッチ(セルビア)、そして昨年末にその座を奪ったアンディ・マリー(イギリス)らの離脱があるのは事実。だがそのような負傷も含め、“ツアー=旅”を走り続けるのが、テニスプレーヤーのリアリティーでもある。


 ナダルは、言う。「トッププレーヤーのなかで、僕ほど多くのケガに苦しめられ、大切な大会を犠牲にしてきた選手もいない」と。そして「その事実を受け止め、僕らは先に進むしかないんだ」と続けた。それはこの十数年間、彼が繰り返し自分に言い続けてきた言葉でもあるのだろう。

これまでも、これからも「全力で」

ツアーを戦う上で、トップ選手には負傷がつきもの。「その事実を受け止め、僕らは先に進むしかないんだ」
ツアーを戦う上で、トップ選手には負傷がつきもの。「その事実を受け止め、僕らは先に進むしかないんだ」【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 3年ぶりに帰還した頂点の景色を問われた時に、ナダルは、いつもの抑制の聞いた声で言った。


「1位になれたことはとてもうれしい。でもそのことが、僕の目標を変えるわけではない。僕が目指すのはいつだって、目の前のトーナメントを全力で戦うことだ」


 フェデラーとともに復活したことについて問われても、「僕らは過去に何年も同じような状況にいた。目新しいことは何もないよ」と、色めき立つ周囲をいさめる。


 「テニスを愛する」「目の前の試合や練習に全力で打ち込むこと」――そんな“変わらぬこと”を積み重ね、彼は、世界を再び変えた。

内田暁

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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