カタルシスなき大勝に何を見いだすか? 勝ち点3を得て課題も明確になったタイ戦

宇都宮徹壱

4ゴールを挙げるもカタルシスに乏しい勝利

後半40分にPKを献上するも、川島(右)がビッグセーブし失点を免れる。4−0で勝利したが、点差の割にはカタルシスに乏しい勝利となった 【Getty Images】

 タイは「意外とやれる」と思うと、実力以上の力を発揮する──それが、かの国のサッカーに詳しい友人たちの共通したコメントであった。したがって、日本が避けなければならないのは、スコアレスの状況が続くこと、あるいは早々に事故のような失点を喫することである。だからこそ、前半20分を経過した時点での2−0というスコアは、理想的な展開であった。もっとも想定外だったのは、早々に失点を重ねても、タイの気持ちが折れなかったことだ。

 やがて40分を過ぎたあたりから、日本の守備陣にパスミスが目立つようになる。逆にタイのパス回しの精度とスピードが増していき、ボールを動かされるたびに日本守備陣は摩耗していった。そしてアディショナルタイム2分が表示された直後、タイは右CKから立て続けにシュートを放つ。この時は川島がブロックし、酒井宏も身をていして守り、そして山口が力いっぱいクリアすることで辛くもピンチを切り抜けた。この時間帯のピンチについて、センターバックの森重は「相手がどうこうというよりも、自分たちが足を止めてしまった」と語っている。

 後半早々も日本の守備はぴりっとせず、再び右CKからピンチに見舞われる。最初のシュートは吉田が足を伸ばして防ぎ、さらに打ち込まれたところを川島が懸命のセーブでしのいだ。このCKは、スローインの場面からボールホルダーを3人で囲んだものの、相手のスルーパスを許して与えてしまったもの。日本の守備陣に、いつもの集中力が欠落しているのは明らかだった。

 この嫌な雰囲気を断ち切ったのが久保である。後半12分、酒井宏からのスローインをペナルティーエリア手前で受けると、そのまま右から中央にドリブルで切れ込んで左足で豪快にネットを揺らして3点目。久保はこの試合、1ゴール2アシストとここまですべての得点に絡んだことになる。日本ベンチはその後、後半21分に本田圭佑(←原口)、29分に清武弘嗣(←香川)をピッチに送り込み、試合を落ち着かせようとする。後半38分には、清武のCKから吉田が頭で決めて4−0。これで試合は決まったかに見えた。
 
 ところが、スタンドの拍手を受けて久保がベンチに下がり、代わって宇佐美貴史が入った直後の後半40分、タイはカウンターからPKのチャンスを獲得する。試合がひっくり返ることはないにしても、サウジアラビアとの得失点差を考えると、失点は絶対に避けなければならない。ここで、またしても存在感を示したのが川島。ティーラシン・デーンダーのキックを巧みに読むビッグセーブでこれを阻止してみせた。その後、3分に及ぶアディショナルタイムを何とかしのいで、日本は4−0で勝利。もっとも、点差の割にはカタルシスに乏しい勝利であった。

敗れたタイにとっての日本戦の意義とは?

ハリルホジッチ監督は試合後、「少し気を抜いたのか、ハードワークが足りていなかった」とコメント。課題も明確に 【写真:つのだよしお/アフロ】

「4点取れたのは大きいですけれど」──そう前置きした上で、キャプテンの吉田は試合後のミックスゾーンでこう続ける。「勝っている時こそ、しっかり足元を見つめ直して、どうやって改善していかなければならないのか、探っていく必要はあると思います」。その表情に笑顔はなく、深い反省とかすかな安堵(あんど)が感じられるのみであった。

 果たして、日本の「改善」すべき点は何だったのだろうか。

 確かに酒井高のボランチ起用は、山口をはじめ周囲とのコンビネーションの面で不満が残るものではあった。だが、所属クラブでは最終ラインでプレーする遠藤を起用すればよかったのかというと、それは結果論であろう。長谷部誠に長期離脱の可能性がある今、このポジションで酒井高を試すのは、ホームのタイ戦しかなかったと思う。むしろ気になったのは、ハリルホジッチ監督が試合後の会見で述べた、以下の指摘である。

「少し気を抜いたのか、ハードワークが足りていなかった。パスのクオリティーも、フラストレーションを感じさせるような時間帯があった。今日の対戦相手が、より高いレベルの相手だったら、まったく違った展開になっていたかもしれない」

 W杯の最終予選で、常に一定以上のクオリティーを担保しながら、内容を伴った勝利を続けるのは不可能である。その意味で(いささか逆説的ではあるが)、大差で勝利した上に課題が明確になったのは、日本にとって実に幸いであった。その上で、今回のタイ戦でプレーのクオリティーが下がってしまった原因については、次のイラク戦(6月13日)を迎えるまでに明らかにし、改善しておく必要があることは言うまでもない。

 さて、この日はオーストラリアが2−0で、そしてサウジアラビアが1−0で、それぞれUAEとイラクに勝利した。勝ち点16の日本は、この日の4ゴールによって得失点差で首位に浮上。2位サウジ(勝ち点16)、3位オーストラリア(同13)との1位・2位争いの構図はより明確となった。一方、武運つたなく日本に敗れたタイは、これで予選突破の可能性が消滅した。だがキャティサック・セーナームアン監督は、今後の戦いにも極めて前向きである。なぜならタイの指揮官は、今回の日本戦の意義をこのようにとらえているからだ。

「われわれの選手が、なぜあそこまで頑張ることができたのか。それは、アジアのトップクラスのチームと勝負したかったからだ。われわれは今日学んだことをしっかり祖国に持ち帰り、今後の3試合に生かしていくつもりだ」

 最終予選の最終節、日本がアウェーでサウジと戦う裏では、オーストラリアはタイと対戦する。バンコクでのゲームでは2−2と引き分けているだけに、オーストラリアにとっては決して気の抜けない大一番となるだろう。そしてタイもまた、自国のサッカーの未来のために、最後まで気持ちを込めて戦うはずだ。そう考えると、カタルシスの感じられなかったこの試合は、のちのち重要な意味を持つことになるのかもしれない。

2/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント