カタルシスなき大勝に何を見いだすか? 勝ち点3を得て課題も明確になったタイ戦

宇都宮徹壱

タイ戦前日に再会した「懐かしい人」

日本vs.タイの前日練習で「懐かしい人」ビタヤさんに再会 【宇都宮徹壱】

「おう! 久しぶりやね」

 ワールドカップ(W杯)アジア最終予選、埼玉スタジアムでの日本vs.タイの前日練習で「懐かしい人」に再会した。独特の関西弁と屈託のない笑顔。ビタヤ・ラオハクルさんである。ビタヤさんは日本サッカーとの縁が深い。オールドファンにとっては、ヤンマーディーゼル(現セレッソ大阪)や松下電器(現ガンバ大阪)で活躍したタイ人選手。アンダーカテゴリーのウォッチャーにとっては、JFL時代のガイナーレ鳥取の指揮官。そしてアジアのサッカー事情に明るい方なら、チョンブリFC(タイの強豪クラブ)の監督、そして同クラブのアカデミーを立ち上げた人物としてつとに有名である。

 現役時代のビタヤさんは、タイや日本の他にもドイツのヘルタ・ベルリンやザールブリュッケンでのプレー経験があり、英語、ドイツ語、日本語に堪能。昔も今も、国外でプレーするタイ人選手は非常にめずらしく、「タイの奥寺康彦」と呼びたくなるような先駆的存在だ。指導者に転じてからも「もっと世界に目を向けなさい」という開明派の立場をとり、それゆえタイサッカー協会から煙たがられていた。その後、チョンブリFCでの実績が認められ、現在は協会のテクニカルアドバイザーの仕事もしているという。
 
 かくして、日本戦の前日に埼玉でビタヤさんと再会することができたのだが、ご本人はいろいろと気苦労が絶えない様子。話を要約すると「せっかく日本の分析をしても、あまり生かされていない」のだそうだ。「育成のほうはうまくいっているんやで。クラブレベルでは、Jクラブの育成年代にも勝てるようになったし。10年後に日本代表と対戦するのは楽しみやね。せやけど今(のA代表)は、まだまだ厳しいね」と、少し残念そうに語るビタヤさん。

 国内リーグの活況により、ここ数年のタイサッカーの躍進は目覚ましいものが感じられる。タイ代表を多数輩出しているムアントン・ユナイテッドFCは、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)ではJクラブ勢にとって難敵と言ってよい存在だ。しかしながら、こと代表同士の対戦となると、まだまだ日本に分があるのは間違いない。第6戦を終えた段階で、日本は4勝1分け1敗の勝ち点13でグループ2位。対するタイは、0勝1分け5敗の勝ち点1でグループ最下位に沈んでいる。

申し分のない試合の入り方をした日本

前半19分、岡崎が追加点。これが記念すべき通算50ゴール目となった 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 最終予選の折り返しとなるUAEとのアウェー戦に2−0で勝利し、28日のホームゲームでは「力が劣る」と言われるタイを迎える日本。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は「ホームでタイに不覚をとってはならない。UAEに勝利した価値が失われてしまう」と語っている。まったくもってその通りなのだが、タイ戦前日会見では「プレッシャーは大歓迎だ」とか「ロシアへの扉は開かれつつある」などと、かなりテンションが高めになっているのが気になった。気の毒なくらいナーバスになっていた、UAEの前日会見とはえらい違いである。こうした指揮官の感情の振幅に、一抹の不安を感じてしまうのは私だけであろうか。

 不安といえば、UAEから帰国後にけが人が相次いだのも気になるところだ。先のUAE戦で、センターFWとしてたびたび惜しいシュートを放っていた大迫勇也。インサイドハーフとして起用され、決定的な2点目を挙げた今野泰幸。この2人に加えて、高萩洋次郎も負傷で戦列を離れることとなり、センターラインのポジションが一気に人手不足となってしまった。追加招集されたのは、浦和レッズの遠藤航、そして川崎フロンターレの小林悠。とりわけボランチの人材難から、遠藤のスタメン起用も予想されたが、当日の日本のスターティングイレブンはこのようになった。

 GKは川島永嗣。DFは右から、酒井宏樹、吉田麻也、森重真人、長友佑都。中盤は守備的な位置に山口蛍と酒井高徳、右に久保裕也、左に原口元気、トップ下に香川真司。そしてワントップは岡崎慎司。大迫の代わりに岡崎が入るのは想定内として、今野の代役として酒井高が起用されたのは少し意外だった。システムも前回の4−3−3から4−2−3−1に戻し、酒井高は山口と中盤の底でコンビを組むことになった。酒井高のボランチといえば、所属するハンブルガーSVでは経験があるものの、代表では今回が初めてである。

 試合の入り方は、申し分のないものだった。前半8分、森重からのロングフィードを右サイドで受けた久保が、グラウンダー気味のクロスを供給。これを香川が巧みなフェイントでDF2人をかわして右足でネットを揺らす。香川はこれが6試合ぶりのゴールとなった。続いて前半19分、再び森重からのパスを受けた久保が今度は素早く折り返し右サイドからクロスを入れると、これを岡崎がニアサイドからヘディングで決めて追加点。岡崎はこれが記念すべき代表通算50ゴール目となった。香川と岡崎に久々にゴールが生まれたこと、久保がUAE戦から続いて日本の得点を演出したこと、そして早々にタイに力の差を見せつけたこと。すべてがうまく回っているように、この時は感じられた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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