“雑草魂”の真っ向勝負を制した福原辰弥「熊本にもっと良いニュースを届ける」

船橋真二郎

勝負を分けた7ラウンドの左ボディ

一進一退の攻防となったが、福原は引かずに打ち合った 【写真は共同】

 だが、一進一退、どちらに振れてもおかしくなかった流れの針は次第にカジェロスに傾いていく。5ラウンドにはボディを効かされ、守勢に回った。6ラウンドにはバッティングと右で左目の周囲が腫れ始めた。試合後に「左目が見えなくなって、距離感が分からなくなった」と福原が振り返り、本田会長が「中盤は倒されるんじゃないかと思った」と冷や汗をかくほど、旗色は悪くなった。

「相手は映像で見たよりも強いと感じた」と試合後、本田会長は舌を巻いたが、カジェロスもまた25勝14KO6敗1分の戦績が物語るように、福原と同じく負けから這い上がってきたボクサーである。のちにIBF、WBO世界ミニマム級王者となるフランシスコ・ロドリゲスJr(メキシコ)、のちに現WBO世界ライトフライ級王者の田中恒成(畑中)とWBO世界ミニマム級王座を争うフリアン・イェドラス(ニカラグア)らに敗れているが、直近の試合では元IBF王者のマリオ・ロドリゲス(メキシコ)に判定勝ちしている。

 日本とメキシコ、いわば両国の“雑草魂”が真っ向からぶつかり合う激闘の行方を左右したのは、7ラウンドだったかもしれない。福原の打ち込んだ左ボディにカジェロスがローブローをアピール。だが、レフェリーは続行を促す。弱気になったところを逃さず、福原が徹底してボディを攻め、流れを引き寄せた。

 それでもカジェロスの心は折れない。終盤にかけて、なお打ち合いは壮絶さを増していく。違ったことはボディを打たれるたびにカジェロスの動きが止まること。9ラウンドにもボディ攻めで福原が再び山場をつくった。続く10ラウンドはカジェロスが盛り返すが、福原も一歩も退かずに打ち返し、両者の激しいパンチの応酬にボルテージは最高潮に。迎えた11、12ラウンドの最終盤も意地の打ち合いが続くなか、福原のクリーンヒットの一発一発に反応し、場内が沸いた。

 試合が終わった瞬間は「正直、ちょっと微妙かな」と感じたという福原だったが、スコアは最初の1者が115対113でカジェロスを支持するも、残りの2者は116対112で福原を支持し、勝利をものにした。勝因を訊かれた福原は「本当に応援が勝たせてくれたと思っています。危ないラウンドもあったけど、応援の声が聞こえて、何とか最後まで立っていることができた。これがアウェーだったら、倒されていたかもしれない」と応じた。

大きな仕事をやり遂げるも「まだまだ世界王者のレベルじゃない」

「まだまだ世界チャンピオンのレベルじゃない」と反省も口にするが、地元熊本に良いニュースを届けたいと意気込む 【船橋真二郎】

 慣れない地方興行の世界戦。会場の硬い空気をほぐし、ひとつにまとめたファインプレーは前座6回戦に出場していた福岡・三松スポーツジムの松尾友徳会長が取った福原コールの音頭だった。3ラウンド終了後からインターバルのたびに福原サイドのコーナー下に立って、応援を先導すると、拍手と歓声が会場全体に広がっていった。

 もうひとつ福原を支えたのは本田会長のゲキだった。「気合を入れろ」「強気で行け」と福原を励まし続けた。もともと高校の指導者として、何人もの高校チャンピオンを育てた本田会長は厳しい指導で知られた人。その厳しさに辞めていく選手もいる中で「その辺にいる普通の少年みたいだった」と本田会長が振り返るように、最初は目立つ存在ではなかった福原は食らいついたという。「会長に気持ちを強くしてもらったことが、今の自分につながったと思う。本田会長のおかげ」と感謝した。

 暫定王者の福原には180日以内に正規王者の高山との対戦が義務付けられているが、ひとまず大きな仕事をやってのけた。それでも「まだまだ世界チャンピオンのレベルじゃない」と手放しでは喜んでいない。練習で取り組んできたサイドへの動きを本番で出せず、「正面から打ち合いに付き合ってしまった」と反省しきり。この謙虚さ、真面目さが福原をここまで引き上げたと本田会長。「これから、もっと練習して、1戦1戦防衛を重ねて、熊本にもっと良いニュースを届けていきたい」の言葉が頼もしく聞こえた。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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