イングランドに優秀な指揮官は生まれるか 外国人監督活躍の陰で、FAが進める改革

山中忍

セント・ジョージズ・パークは「監督の促成栽培所」?

セント・ジョージズ・パークでトレーニングを行うイングランド代表。国産監督のサウスゲート(中央)に期待がかかる 【写真:ロイター/アフロ】

 英国の一般社会では、伝統的な名門校であるオックスフォード大学かケンブリッジ大学を卒業すれば、エリートとして出世が約束されるという理解がある。同様にサッカー界においても、セント・ジョージズ・パークで教育を受けた指導者であれば、国内外でトップレベルの仕事に就けるだけの技量と知識の持ち主だと保証される。そのような青写真をFAは描いている。

 WBAのフットボール・ディレクターとしての仕事が国内で評価されていた、ダン・アシュワースをFAのテクニカル・ディレクターに迎え、ガレス・ベイル(現レアル・マドリー)を輩出するなど育成に定評のあるサウサンプトンのアカデミーで実績を作った、マット・クロッカーを選手および監督の育成責任者に任命して、教育環境の改善に本腰を入れている。

 教育の一極集中が実現しただけでも意義は大きい。以前は国外でライセンス取得コースを受けなければならないイングランド人も少なくなかったが、今ではセント・ジョージズ・パークで一堂に会することができる。

 UEFA(欧州サッカー連盟)プロライセンスを筆頭に、セント・ジョージズ・パークで開催されるコースの受講者たちは、充実した装備がそろう環境の中で、選手のポジションに特化した指導から、クラブのフロントやファンとの関係、そしてメディア対応まで多岐に及ぶ講義を受けるだけではなく、指導者として上を目指す同志たちと意見や情報を交換したり、互いに刺激を受けたりすることができるようになった。

 LMA(リーグ監督協会)の本部も施設内に移転済み。数少ない母国人の若手プレミア監督として、レクチャーで経験談を語ったこともあるバーンリーのショーン・ダイチェは「監督の促成栽培所のようだ」と評している。

英国人監督の興隆は実現するか

 イングランド代表は22年W杯での優勝を目指しているが、セント・ジョージズ・パークに関して構想段階でのインプットからキーマンとなったハワード・ウィルキンソンは、BBCのインタビューで「25年ごろまでには国内の母国人監督事情に変化をもたらしていたい」と語っていた。FAの元テクニカル・ディレクターにして現LMA会長でもあるウィルキンソンは、リーズを率いていた92年に優勝を果たし、イングランドのトップリーグを最後に制したイングランド人監督としても記憶されている人物だ。

 ウィルキンソンが語った目標に向け、昨年12月に正式決定したガレス・サウスゲートの代表監督就任はしかるべき一歩と理解されている。46歳の元代表DFは、降格に終わったミドルズブラでの3年間しかプレミア監督歴を持たないが、指導者としてはエリート選手育成プログラムの責任者に抜てきされた11年からFAで純粋培養され、U−21代表監督と、暫定指揮4試合を経てA代表監督の座にたどり着いた。最終的にはクラブレベルでの監督再挑戦を望んでもいる国産の指導者だ。

 数年後のプレミアで、サウスゲートを含む英国人監督の興隆が実際に見られ始めているかは分からない。実現すればウィルキンソンは、プレミアで最後に指揮を執ったサンダーランド(02−03)で「解雇までの5カ月間で2勝しかできずに降格を防げなかったイングランド人監督」としてだけ記憶されることになっても本望なのだろう。それは自身の後にイングランドのトップリーグで優勝を実現した、国産監督が誕生していることを意味するのだから。

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著者プロフィール

1966年生まれ。青山学院大学卒。西ロンドン在住。94年に日本を離れ、フットボールが日常にある英国での永住を決意。駐在員から、通訳・翻訳家を経て、フリーランス・ライターに。「サッカーの母国」におけるピッチ内外での関心事を、ある時は自分の言葉でつづり、ある時は訳文として伝える。著書に『証―川口能活』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『フットボールのない週末なんて』、『ルイス・スアレス自伝 理由』(ソル・メディア)。「心のクラブ」はチェルシー。

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