FC今治にJFL昇格をもたらした3つの要因 地域CL、悲願達成までの戦いを振り返る

宇都宮徹壱

「刺客」たちが躍動した三重戦

三重のエース、藤牧祥吾(中央)をマークする斉藤誠治。この試合は3人の「刺客」が躍動した 【宇都宮徹壱】

 2日目に今治が対戦したのは、1次ラウンドで対戦して0−3で敗れている三重。両者ともに決勝ラウンド初戦に勝利しているので、この試合で連勝すればJFL昇格に向けて大きく前進することになる。三重の要注意人物は、1トップで君臨する長身FWの藤牧祥吾、そして先の対戦で2ゴールを挙げているトップ下の岩崎晃也である。一方の今治は、初戦からメンバーを3人入れ替えてきた。両ウィングを上村(右)と長島滉大に入れ替え、今大会は50分しか出番のなかったDFの斉藤誠治がアンカーの位置に入った。

 さて、いつもは今治が攻めるゴール裏にカメラを構えている私だが、この日の前半はあえて反対側に回った。1次ラウンドの三重戦で崩壊した守備を、どのように立て直してくるのかを確認したかったからだ。試合が始まると、斉藤が藤牧にほぼ密着マークをしていることに気付いた。一方の岩崎に対しては、この日CBに起用されていた小野田がしっかり対応している。彼らはそれぞれ、相手のキーマンを消すための「刺客」の役割を担っていた。そうこうするうちに、今治に待望の先制ゴールが生まれる。前半31分、上村が放ったFKに中野がヘディングで反応。上背はそれほどないものの、セットプレー時の巧みな駆け引きとポジショニングに定評がある中野の、まさに真骨頂とも言えるゴールであった。

 三重の海津英志監督は「セットプレーでの失点は想定外だった」と語っている。だが前半終了間際の42分、さらに想定外のアクシデントが彼らを襲った。長島のドリブル突破に手を焼いていた右サイドバックの田中優毅が、ファウルを連発して2枚目のイエローカードを受けて退場。海津監督は「あれでイエローが出るのか」と、この日のレフェリングには納得できない様子であった。とはいえ、たとえ退場がなかったとしても、田中が長島のドリブル突破を抑えることは厳しかっただろう。この長島こそ、今治が放った第3の「刺客」であった。田中の退場を見届けると、長島は「仕事したぜ!」と言わんばかりに、今度は右サイドのポジションに回った。

 相手が10人となったことで、今治のポゼッションサッカーはさらに猛威をふるうことになった。そして三重のミスを突く形で得点を重ねてゆく。後半5分、金井龍生のロングボールを相手DFがクリア。これを拾った桑島が、素早くボールをコントロールして左足で追加点を決める。後半29分には、ボックス内でのハンドにより今治にPKが与えられ、これを中野が冷静に決めた。1次ラウンドでの大敗から2週間後、同じ3−0というスコアで見事リベンジを果たした今治は、勝ち点を6に積み上げることに成功。続く第2試合で鈴鹿が三菱水島に3−0で勝利したことで、今治はJFL昇格の条件となる2位以内を確定させることとなった。

今治はなぜ地域CLを突破することができたのか?

優勝決定後の岡田武史CMO。「運命の11日間」でこの人が果たした役割が気になるところだ 【宇都宮徹壱】

 終わってみれば、決勝ラウンド3戦全勝。勝ち点9の圧倒的な強さで、今治は全国タイトルとJFL昇格の権利を獲得した。このチームを2年にわたって追いかけてきて、かつこの大会を12年連続で取材した者としては、感慨深く感じると同時に、いささか信じられない思いを拭いきれずにいる。今治というチームは、非常に明確なコンセプトと洗練された戦術を持つチームだが、その明確さと洗練さゆえに、今大会もかなり苦しむと予想していたからだ。しかし、手痛い敗戦を喫したのは1次ラウンドの三重戦のみ。その敗戦も、決勝ラウンドを勝ち抜くための糧となった。

 ここで、今治が過酷な地域CLを突破できた要因を3点、挙げておきたい。すなわち、(1)組み合わせに恵まれていたこと、(2)決勝ラウンドまでに「戦えるチーム」になったこと、そして(3)結果にこだわる戦術を徹底したことである。

 まず(1)について。今治が1次ラウンドで組み込まれたAグループは、今治と三重、そしてノルブリッツ北海道と広島との力の差は明らかであった。2強2弱の構図ゆえに、勝ち点のみならず得失点でも優位に立てたからこそ、今治はワイルドカードで決勝ラウンド進出を果たすことができたのである。もし同グループに、FC刈谷(東海)やアルテリーヴォ和歌山(関西)クラスのチームが入っていたら、今治のチャレンジは1次ラウンドでついえていたかもしれない。ついでに言えば、1次ラウンドの対戦順にも恵まれていた。初戦の相手が三重で同じ結果に終わっていたなら、残り2日間での修正はかなり厳しかったと思う。

 そして(2)と(3)である。1次ラウンドから決勝ラウンドまで、わずか11日間。この限られた期間のトレーニングで、今治の選手たちは球際でのバトルに負けない強さを獲得していた。加えて決勝ラウンドの3試合では、相手のストロングポイントを的確に消し、なおかつウイークポイントを執ように攻め立てる戦術を徹底していた。端的に言うならば、1次ラウンドの今治と決勝ラウンドの今治は、まったく別物のチームになっていたのである。これには正直、驚かされた。

 球際が強くなったことに関して、吉武監督は「メンタルとフィジカルのコンディションを上げたということです。大したことをしたとは思っていない」と語っている。確かにそうなのかもしれない。だが、「自分たちのサッカー」に拘泥せず、徹底して結果にこだわる戦術に切り替えたのは、指揮官が発想を変えたというよりも、むしろ隣に座っていた岡田武史CMO(チーフ・メソッド・オフィサー)の影響が大きかったのではないか。これまで積み上げてきたスタイルを土壇場でひっくり返し、極めて困難と思われていたミッションを達成する──。今大会の今治の冒険は、2010年の南アフリカで目撃したものに極めて近いように感じられてならない。果たして、「運命の11日間」で何が起こったのか。近日中に予定されている、岡田CMOへのインタビューで明らかにしたいと思う。

2/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント