中村憲剛が感じたチームの「成熟」 風間監督との5年間で培ったもの

原田大輔

川崎の司令塔である中村憲剛にチームの成長を振り返ってもらった 【スポーツナビ】

 かつて中村憲剛に、こんな話を聞いたことがあった。

「2006年に初めてイビチャ・オシムさんが監督を務めている日本代表に選ばれたとき、練習に参加してみたら『これはいけるな』と感じました。そのとき、『川崎フロンターレでのプレーと、違うことを求められているわけじゃないんだな』と思えたんです」

 オシム・ジャパンといえば、難解な練習をすると言われていた。初めてその練習に触れた代表選手の中には、あまりに複雑なため音を上げる声もあったと言う。ところが中村は違った。

「普段から自分の頭の中で考えていたことを、オシムさんのルールに当てはめてやればいいだけだったんです」

 一方で、風間八宏監督が掲げる川崎のサッカーも独自のスタイルを貫いている。チームの司令塔に、そのサッカーはどのように写っているのか。風間監督が今シーズン限りで退任するとあって、集大成の場となるJリーグチャンピオンシップ(CS)を前に、チームの成長行程を振り返ってもらった。目の前に座る中村は、「最初からですか」と笑ったが、話し出せばすぐに記憶の扉は開いた。

衝撃を受けた風間監督のアプローチ

風間監督のアプローチには中村も衝撃を受けたと言う 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

「何から話せばいいのか分からないですが、まずは自分の技術をとことん追求することが、チームの強さにつながるということを、あらためて教えてもらいました。それはサッカーを始めた子どものころは当たり前のことでしたけど、カテゴリーが上がり、勝負の世界に放り込まれていく中で、チームが勝つために戦術やシステムばかりに、目が行くようになっていた自分がいたんですよね。

 そんなときに風間さんに出会って、『もっとうまくなれ』と言ってもらった。『それぞれが自分の技術を磨いて向上することで、チームとしての総和も大きくなる。だから、自分だけに集中しろ、自分を伸ばすことだけを考えろ』と。衝撃でしたよね。こういうアプローチもあるのかと。

 ただ、こうして振り返ってみると、結果的にみんなうまくなった。技術はもちろん、“イメージの共有”や“フリーの定義”と、考え方をそろえることで、相手を寄せ付けない強さをも発揮できるようになった。特に僕は、30歳を過ぎておぼろげながら、このまま(選手として)終わっていくのかと思っていたときに、『もっとうまくなれ』と言ってくれる監督に出会えたことは、すごく幸運だったと思います」

 そのチームの根幹にあるのが“止めて蹴る”――いわゆる基礎中の基礎と言われるプレーだった。

「それこそ風間さんが監督に就任したばかりのころは、インサイドキックの練習をかなりしました。スピードの速いパスを出して止めるという反復練習なんですが、かなり強いキックを蹴るので、結構、その練習の影響ででけが人が出たくらいです(苦笑)。

 プロは、ほぼ毎日練習しているとはいえ、多くの時間をフォーメーション練習やチーム練習に費やすので、そこまでボールを蹴るわけではないし、技術練習をするわけでもない。それが4人一組とかで、100本も200本も強いパスを蹴る練習を繰り返していたんですからね。学生時代を思い出しましたよ(笑)。でも、このサッカーをやる上で、その“止めて蹴る”が抜けていたら話にならないんです。“フリーの定義”も“イメージの共有”も、すべてはベースがあってこそですから」

途中交代が多かった小林悠が大黒柱に成長

途中交代の多かった小林(右)がチームの大黒柱に成長。今では日本代表にも選ばれるようになった 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 風間監督が就任した当初は、チーム練習よりも技術練習のほうが圧倒的に多かったという。「本人に怒られるかな」と少し笑って、例を挙げてくれたのが、日本代表にも選ばれ、今やチームの大黒柱へと成長した小林悠についてだった。

「風間さんが監督1年目のとき、最も途中交代が多かったのが、実は悠なんです。ハーフタイムで交代することもありましたから。ただ、悠は練習していく中で、何かを会得したんでしょうね。そうすると、このサッカーは次のステップに進むのが早いんです」

 それこそが、風間監督が掲げるサッカーの神髄だった。中村が説明する。

「“止めて蹴る”ができるようになってくると、できることが増えて、プレーの選択肢も増えますよね。そうするとほとんどの選手が壁にぶつかるんです。それはなぜか。できることが増えることによって選択肢が増え、プレーの判断が遅くなったり、リズムが悪くなったりするから。

 そこでまた壁にぶち当たるのですが、それを乗り越えると、いよいよ、うちのリズムに入っていくというか、新しい景色が見えてくる。だから必ず、壁にぶつかっている選手には、このことを言うんです。でも、言われた選手は壁にぶち当たっているから『何のことを言っているんだろうな?』と思っていたでしょうね。ただ、抜けたときには『このことだったのか』って思ってくれているはずです」

 同じ景色が見える選手がそろうことで、チームとしてできることも広がっていく。まさに風間監督が就任当初に言っていた“総和”だった。

「僕らがやっているパスワークは、即興なんですよね。だから、パターンがない。ひとつ言えるとしたら、チーム全員が(ボールに対する)当事者となって常に顔を出す。例えば、ボールを持っていた選手がパスを出した後に、もう一度、顔を出すとか、抜け出すとかもそう。常に全員がボールに関与していなければならない。その中で、フリーの定義で言えば、たとえDFを背負っている味方がいても、出し手と受け手がフリーだと思えばフリーになる。

 そこには、出し手がパスを出して終わってしまえば、1対1の状況だけれど、そこに出し手がもう一度顔を出せば、2対1の状況を作り出せるということになる。もっと言えば、僕らは、敵に囲まれているという発想ではなく、常に敵を囲もうとしている。その相手を囲もうとしている人数が多ければ多いときほど、うちは強いんです。逆に僕らが劣勢のときは、僕らが囲んでいるのではなく、相手が囲んでいるときということです」

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著者プロフィール

1977年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めた後、2008年に独立。編集プロダクション「SCエディトリアル」を立ち上げ、書籍・雑誌の編集・執筆を行っている。ぴあ刊行の『FOOTBALL PEOPLE』シリーズやTAC出版刊行の『ワールドカップ観戦ガイド完全版』などを監修。Jリーグの取材も精力的に行っており、各クラブのオフィシャルメディアをはじめ、さまざまな媒体に記事を寄稿している。

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