J3とBリーグが共存する街にて J2・J3漫遊記 ブラウブリッツ秋田 前編

宇都宮徹壱

スポーツに未来を託す地元自治体

スポーツ振興課がある第二庁舎には、秋田で活動する3つのクラブのポスターが貼られていた 【宇都宮徹壱】

 あきぎんスタジアムのゲームから一夜明けた月曜日、天気は一転して大雨となり、時おり雷も鳴った。まさにブラウブリッツ(ドイツ語で「青い稲妻」)。この季節に雷が鳴ると、秋田の人々はハタハタ漁が近くなったことを実感するという(ゆえにこの土地でハタハタは「カミナリウオ」とも呼ばれるそうだ)。傘からしたたり落ちる雨粒を気にしながら、向かった先は秋田県庁。第二庁舎の6階にある、秋田県観光文化スポーツ部スポーツ振興課で、スポーツ行政から見た県の現状を知るのが目的である。取材に応じてくれたのは、課長の飯坂尚登。飯坂がまず語ったのが、秋田の意外なスポーツ事情であった。

「実はかつて秋田は『スポーツ王国』と呼ばれていました。能代工業高のバスケットボール、秋田工業高のラグビー、秋田商業高のサッカー。バレーボールもインターハイで優勝していますし、その前は器械体操の小野喬選手や遠藤幸雄選手も輩出しています。ところが最近は、高校生年代でなかなか結果が出せなくなってきた。ひとつには体操が顕著ですけれど、競技が専門的になって、それに対応できる指導者を県で確保するのが難しくなったこと。それと少子化に加えて、企業スポーツが衰退したため、県内の高校を卒業したアスリートの受け皿がなくなってしまったことも挙げられます」

 そんな中、07年に地元で「わか杉国体」が開催されたのを契機に、県はその2年後に「スポーツ立県あきた」を宣言。施策の中には、学校教育の充実や生涯スポーツの推進に並んで、トップスポーツへの支援や大規模スポーツ大会の誘致も含まれていた。これらの目的は「スポーツを通じての交流人口の増加」である。

「秋田は日本一の少子高齢県で、年間1万人が減少しているんですね。つい最近まで130万人だったのが、今では100万人を切るとも言われています。そういう中、ドラスティックに定住人口を増やすのはまず不可能でしょう。ならば交流人口を増やすことで、少しでも地域の人々が元気となるようにしていきたい。観光や文化行事、そしてスポーツですね。それもあって県としては、ブラウブリッツ、ハピネッツ、ノーザンブレッツ、3チーム共に手厚く支援をさせていただいております」

 具体的には、ブラウブリッツとハピネッツに年間1100万円ずつ、ユニホーム支援金を支払っている(県のマークを付けることで「秋田のPRをしてもらう」という名目だ)。ラグビーのノーザンブレッツは試合数も勘案して700万円。さらに、県のスポーツ施設の使用料を免除するなどのサポートをしているという。こうした積極的な支援には、スポーツで何とか活路を見いだそうとする、県の切実な現状が垣間見える。

サッカーとバスケが「顧客を奪い合うことはない」?

複数のプロスポーツクラブが共存ずる秋田の事例は、人口減少に悩む自治体の試金石となるか? 【宇都宮徹壱】

 秋田市の人口は32万人。県全体で見ても108万人ほどである。決して人口が多くない、むしろ少子高齢化と人口流出が続いている土地柄において、果たしてJ3クラブとBリーグクラブは共存し得るのであろうか。そこで、秋田出身のブラウブリッツの関係者にも話を聞いた。現役時代はベガルタ仙台やザスパ草津(当時)でプレーし、現在はU−18の監督を務める熊林親吾は「僕が地元にいた時と比べて、サッカーをする環境は良くなっています。とはいえ、サッカーとかバスケとか野球とか関係なく、スポーツ全体で考えていかないと秋田のような小さな街は発展していかないと思います」と語っている。

 現役選手はどう感じているのか。秋商で熊林の後輩に当たるDFの下田光平は「注目度で言えば、ハピネッツの方が上だと思う。やっぱり向こうの勝敗とか順位は気になりますね」と現状を認めながらこう続ける。

「でも秋田県出身者として言えば、人口も減り続けて活気がなくなっている街を変えるのはスポーツだと思っています。秋田を元気にするという意味では、お互いが切磋琢磨(せっさたくま)して強くなっていけばいいんじゃないですかね」

 ここで再び、村井チェアマンにもご登場いただこう。チェアマンは米国の4大メジャースポーツが共存している状況を引き合いに出しながら、ここ秋田でも十分にそれが可能であるという考えを明らかにしている。

「今はMLS(メジャーリーグサッカー)がすごく成長しているけれど、米国ではさまざまなスポーツを楽しむ土壌があるから、顧客を奪い合うなんてことは絶対にないんですね。加えてスポーツそのものが公共財であるという認識が共有されているから、行政や企業からの手厚いサポートもある。ここ秋田で2つのスポーツが花開いたことは、僕にとってものすごくうれしいこと。こっちの子供たちも、サッカーやバスケを両方楽しめるようになればいいと思いますね」

 ブラウブリッツとノーザンハピネッツ、両方のホームゲームには共通するセレモニーがある。それは試合前に、ファン・サポーターやブースターが『秋田県民歌』を歌うことだ。県民なら誰もが知っているこの歌を唱和することで、スタジアムでもアリーナでも観客は常に一体感を得ることができる。ほんの少し前は、プロスポーツ不毛の地だった秋田には、気がつけばサッカーとバスケットのプロリーグが楽しめる、スポーツファンには理想的な街となっていた。人口減少に苦悩する自治体が、スポーツに光明を求める光景。それは実のところ、日本社会全体の縮図であるとも言えよう。

<後編につづく。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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