サッカーに情熱を注ぐ田中達也という男 ライター島崎が語るJリーグの魅力(4)
Jリーグの魅力は選手に感情移入してしまうこと
12年シーズン最終節のセレモニーで、田中達也は涙ながらに胸の内を語った 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】
05年シーズン10月。試合中に右足脱臼骨折を負った達也は、プロサッカー人生の岐路に立ちました。手術直前に病院へお見舞いに行った時、あれだけサッカー好きだった少年は、「もう、サッカーのことを考えたくない」と言ってベッドの上でうつむきました。その後、彼は懸命な努力と精進で復帰を果たしましたが、身体中のさまざまな箇所が悲鳴を上げ、その後も負傷離脱を繰り返しました。復帰してすぐに他の箇所を痛めて再びのリハビリ生活……。心が萎えそうになったこともあったはずです。
負傷中の達也はそれでも常に元気いっぱいで、相変わらず陽気な鼻歌を奏でていました。しかし、その苦悩と辛苦はレッズから契約満了を告げられた12年シーズン、Jリーグ最終節・名古屋グランパス戦後のセレモニーで彼が涙ながらに発した言葉に凝縮されています。
「ここ数年、けがを繰り返し、チームの力になれませんでした。そんな自分に悔しく、恥ずかしく、歯がゆい毎日でした」
埼玉スタジアム2002の北側ゴール裏スタンドへ向けて、拡声器を通して話す達也の言葉を聞き、当時の僕は彼の思いを斟酌(しんしゃく)できなかった自らの至らなさを恥じました。
達也は、試合中に一度も楽しいと思ったことがないそうです。チームにタイトルをもたらす過程は苦難の連続で、辛く厳しい道のりを乗り越えた先に本当の歓喜があると信じている。全力を尽くして闘う彼のプレーには、いつも鬼気迫るものを感じました。
言葉では説明できない「田中達也」の魅力
田中達也は、「妥協してしまうことが許せない」と語る 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】
手術前々日。僕は達也が表紙を飾ったサッカー雑誌に本人からサインをもらい、父親が入院する病院へ行きました。父はもう寝ていたので、枕元にそっと雑誌を置いて帰りました。翌日の手術日に再び病院へ向かうと、父は胸元に雑誌を抱えて穏やかに微笑んでいました。
「達也、レッズの選手やめるのか。でも、たぶん、まだサッカーをするんだろうなぁ。そういう選手だもんなぁ」
あっ、すみません。僕の父親、今でも健在です(笑)。無事に手術が成功しまして、今は術後4年目。定期的にがん検診を受けており、今のところ再発はしていません。思わせぶりな書き方してすみません。ただ、当時の父は間違いなく達也のプレーに励まされた、1人のサポーターだったんだと思います。父は言います。
「達也の魅力? 分かんねぇな。でも、とにかく一生懸命走るだろ。ボールを取られても、『すぐに奪い返してやる』って顔で、相手に向かっていくだろ。それがいいんじゃねぇかな? 『絶対に諦めない』って言ってる。いや、言葉では言ってないか。でもプレーで、それが伝わってくるんだな、うん。よく分かんねぇけど」
僕も正直、「田中達也」というサッカープレーヤーの本当の魅力を言葉では説明できません。ただ達也本人はかつて、こんなことを言っていました。
「たぶん、僕は誰にも負けたくないんですね。手を抜いて妥協してしまうことが許せないんだと思う。僕の中では『プロ選手であるならばこうあるべき』というものがあって、それに逸脱することがあればプロとして闘うべきじゃないと思っている。それが根底にあった上で日々生活をしているわけだから、自然と身体に良くないこと、プレーに影響することはしない。
節制は大変だけど、僕はプロとして当然のことをしているまで。そうやってサッカーに関することだけを突きつめて生きていかないと、『田中達也』という人間ではなくなってしまう気がするんです」
サッカーに情熱を注ぐ選手のプレーを間近で見られること。それもまた、Jリーグを通して得られた、かけがえのない恩恵です。
16年シーズンのルヴァンカップで優勝したレッズは今、Jリーグ、天皇杯、そしてクラブワールドカップのタイトルを目指して日々戦っています。そのレッズは22日のJリーグ2ndステージ第15節、アウェーの新潟で達也が所属する新潟と対戦します。