パラ陸上・中西を勇気付けた“米国” 東京への飛躍につながる最終試技

宮崎恵理

高い目標設定も届かず引退を決意したロンドン

最終試技となる6本目の前に、米国チームのコーチからもらったアドバイスが中西に勇気を与えた。さらになる飛躍へ、視線は東京へ向けられている 【写真:アフロスポーツ】

 09年、中西は単身渡米し、五輪三段跳びの金メダリストであるアル・ジョイナー氏の指導を受けるようになる。ジョイナー氏によって、中西は走り幅跳びに取り組んだ。練習を開始すると、わずか1カ月で1メートルも記録を伸ばした。自分が成長していくのを日々感じられる走り幅跳びに夢中になっていった。

「ああ、私は本当に陸上が大好きなんだ」

 日本人である自分を受け入れ、可能性を伸ばしてくれた米国という環境。やがて、中西は、明確に「6メートルを跳ぶ」という目標を抱くようになる。それはパラリンピックに限らない。健常者の大会にも積極的に出場し、なおかつそこで勝つことまで視野に入れる。目指す頂は、どれだけ高くてもいい。高いほど、自分を奮い立たせてくれるのだ。

 12年のロンドンパラリンピック前、当時の世界記録は5メートル09。そして、中西の自己ベストは4メートル96。実際には、練習や米国の記録会などで、未公認ながら5メートル10を跳んでいたという。世界記録を樹立して金メダル。ロンドンパラリンピックで実現させるはずだった。しかし、実際には、ロンドン大会で出した記録は5メートルに届かない4メートル79で8位。惨敗だった。

「米国で充実したトレーニングを送っていたけれど、そのことで逆にバッシングを受けた。そしてロンドンの結果。アルに恩返しも叶わなかった。もう、完全に精神がボロボロでした」

 ロンドン大会の走り幅跳び直後のインタビューで、中西は青い顔のまま「……引退します」とつぶやいた。

米国の仲間がくれた勇気

 憔悴(しょうすい)しきった中西を、再び走り幅跳びのピッチに呼び戻したのは、米国でトレーニングを共にした仲間だ。ロンドンパラリンピック終了後、米国で祝勝会をするという。そこに、中西は招待された。

「マヤはあんなに陸上競技を愛しているのに、なぜ辞めてしまおうなんて考えるの?」
「マヤがいない国際大会はつまらないよ」

 そんなチームメートの言葉が、沁(し)みた。もっと自分に誇りを持っていい。国際大会で戦えるだけの力を培っていかなくては、彼女たちと会うこともできない。

「そうして、もう一度世界に飛び出す勇気をもらったのです」

最終試技で見えた次の4年の道筋

 中西は、今年5月に鳥取で行われた日本選手権で、5メートル51の自己ベストをマークしていた。これはアジア記録である。わずか4年前、4メートル79だった中西にとって、今や5メートル半ばは当たり前になった。目標の6メートルは、遠い夢ではない。そういう中で臨んだリオデジャネイロの舞台だった。

 中西は3カ月前に助走を変えた。スタートを義足の右足から左足へ。ストライドを19ステップから18へ。それが完全に自動化されていなかった。
「3本目、踏み切り板の手前でストライドが合わず、バタバタと無理に刻んでジャンプしてしまいました」

 ロンドン大会の頃の中西だったら、できない、できないと、メンタルが負のループに捕まってしまい、きっとパニックになっていたはずだ。
「4本目、5本目も迷いながら跳んでいたのですが、6本目の前に、米国チームのコーチからアドバイスをもらって。自分を信じてただ思い切り跳べばいい、と」

 6本目。目印のマークの位置をわずかに変えた。閉じていた目を静かに開くと、ひたと前を向く。一つ呼吸をしてスタート。そして、中西にとっては6本の試技のベストとなる5メートル42をマークした。

「最後に、自分にはちゃんと試合中に修正する力がある、ということが分かった。やればできる。自分の力を信じていい。次の4年を考えた時に、きっといい4年を過ごせると実感できた。その道筋がはっきりと見えた1本になりました」

 メダルには届かなかった。しかし、リオデジャネイロでの走り幅跳びは、東京へと続く大きな跳躍になったのだった。

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著者プロフィール

東京生まれ。マリンスポーツ専門誌を発行する出版社で、ウインドサーフィン専門誌の編集部勤務を経て、フリーランスライターに。雑誌・書籍などの編集・執筆にたずさわる。得意分野はバレーボール(インドア、ビーチとも)、スキー(特にフリースタイル系)、フィットネス、健康関連。また、パラリンピックなどの障害者スポーツでも取材活動中。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。

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