東京23区にもJクラブを! 関東1部クラブの壮大な試み

宇都宮徹壱

11年の全社優勝と13年の関東1部昇格

11年の全社ではアマラオ監督(右端)のもと、都1部ながら見事に優勝。東京23FCの知名度は一気に高まった 【宇都宮徹壱】

 改革1年目の10年、東京23FCは都1部で優勝したものの、関東社会人サッカー大会ではベスト8にとどまり、そのまま関東リーグ2部への昇格とはならなかった。翌11年は、元FC東京のアマラオが監督に就任し、原野はマネージャーとなって強化面をサポートすることとなる。この年、東京23FCは都1部を無敗で優勝。全社(全国社会人サッカー選手権大会)でも、都道府県リーグのチームとしては異例と言える優勝を果たしている。

 その後の関東社会人大会では、またしてもベスト8に終わったものの、Y.S.C.C.横浜(現J3)のJFL昇格により昇格枠が1つ増えたため、5位決定戦に勝利した東京23FCは念願の関東リーグ2部に昇格。12年からは、元日本代表の米山篤志が新監督に就任し、1年で関東1部に昇格した。この年、原野も腹をくくって佐川急便を退社している。

「11年に岐阜で開催された全社も、まさか決勝までいくと思わなかったわけですよ。『今、どこにいるんだ?』って電話で上司に聞かれたので、思わず『岐阜で急に体調を崩しまして』と(笑)。ただ、佐川急便と東京23FCの仕事との両立に、限界を感じていたのも事実です。選手には『覚悟を決めろ』とか言っていたんですが、自分自身は会社員でしたからね。米山さんからも『プロはこうあるべし』という話はよく聞かされていたので、ここらで踏ん切りをつけるべきかなと」

 こうして、原野は東京23FCのGMに就任した。晴れて関東1部となった13年は4位、14年は2位。強豪がひしめく関東1部においては、決して悪くない戦績ではあった。だが、ここからJFLに到達するには、関東1部で優勝するか、全社でベスト4になって全国地域リーグ決勝大会(地域決勝)に出場し、そこで上位成績を収めるしかない。結局、米山時代の3シーズンでは、JFL昇格はもちろん地域決勝出場も果たせなかった。それでも、この4年間でクラブとしての体制は整備され、練習時間も14年から朝に切り替えられた。しかし原野は、さらなる改革の必要性を感じていた。そんな時、新監督として白羽の矢を立てたのが、羽中田昌。FCバルセロナのスタイルと哲学を信奉する、車椅子の指導者である。

なぜ『9.10江戸陸満員プロジェクト5000』なのか?

15年から指揮を執る羽中田監督。東京23FCを率いるにあたり「バルサスタイルとの決別」を決断した 【宇都宮徹壱】

 バルセロナでのコーチ修行から帰国後、羽中田は06年にJFAのS級ライセンスを取得。第1種のチームを率いるのは、東京23FCが3チーム目である。最初に指揮したカマタマーレ讃岐(08〜09年。当時四国リーグ)、次に指揮した奈良クラブ(12年。当時関西リーグ)、いずれも羽中田が目指したのはポゼッションで相手を圧倒する、バルセロナのようなサッカーであった。しかし、いずれの試みも道半ばで挫折。奈良では成績不振のため、シーズン途中で辞任している。昨年、東京23FCを指揮するにあたり、羽中田がまず決断したのが「バルサスタイルとの決別」であった。以下、当人の証言。

「もうバルサじゃないですね。選手をよく観察して、一番力を発揮できるスタイルやチーム作りをやっていく。自分がやりたいスタイルではなくて、選手のポテンシャルを引き出す方向に転換しました。僕は(ヨハン・)クライフと同じくらい、ペップ(ジョゼップ・グアルディオラ)の影響を受けているんですけど、彼の哲学に『選手が主役、選手が戦術』という言葉があって、『これだ!』と思ったのが、考えを変えるきっかけになりましたね」

 就任1年目の昨シーズン、リーグ戦は4位。地域決勝出場を目指して臨んだ全社もベスト8に終わった。しかし今季はリーグ首位を堅持しており、ピッチで展開されるサッカーは泥臭さとしたたかさを前面に押し出したものに変化していた。ただしチーム状態が盤石かと問われれば、まだまだ脆弱(ぜいじゃく)さを抱えていると言わざるを得ない。監督の羽中田も「目の前の相手をどう倒すかで一生懸命なんですけれど、試合が終わると『ああ、これでは地域決勝では勝てないな』という反省は残りますね」と唇をかむ。

 8月の中断期間を経て、関東リーグも残すところあと数試合。次の対戦相手は、今季0−3で敗れているジョイフル本田つくばFCである。ここで敗れてしまうと、首位転落の可能性が生じ、ストレートで地域決勝に進む道が閉ざされる。このテンションの高い試合で、クラブは江戸陸を満員にする『9.10江戸陸満員プロジェクト5000』をぶち上げた。あえて高い目標設定を掲げた理由について、GMの原野はこう語る。

「まず、スタジアムが満員になる雰囲気の素晴らしさを、地元のお客さんに味わってもらいたい。次に、今は下のカテゴリーだけど『東京23区から上を目指す』ために、これだけ頑張っているやつらがいるんだということを知ってもらいたい。そして僕らが勝つことで、少しでも観に来た皆さんに勇気を与えられたらと思っています。いずれにせよ、江戸陸のスタンドが本当に満員になったら、何かが変わると思うんですよね」

 フットボール成分が足りていない大都市・東京。しかし、その萌芽のようなものは、実はあちこちで目にすることができる。都内在住のサッカーファンであれば、「何かが変わる」瞬間に立ち会ってみるのも悪くないだろう。9月10日17時キックオフ。入場料は無料。同日は19時からFC東京のホームゲームも行われるが(対湘南ベルマーレ戦)、この日の江戸陸ではJリーグとは明らかに異なる「東京のフットボールシーン」が見られるはずだ。(文中敬称略)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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