錦織が示した日本テニスの可能性 96年ぶりメダルはGS制覇に通ずる

大塚一樹

錦織はメダルに値する世界のトップ選手

3位決定戦では錦織のストロークがさえ渡り試合を優位に展開した 【写真:青木紘二/アフロスポーツ】

――錦織選手が試合の主導権を握って優位に進められた要因は?

 一つはサービスですが、準決勝と違いバックハンドの打ち合いで押し切れたのが大きいですよね。マリー選手との比較でお話しすると、トップスピンをかけてショットを放つナダル選手のボールは高く弾むんです。準決勝では、マリー選手の滑るような低いボールを打ちにくそうにしている印象がありました。ナダル選手の高く弾むバウンドの方が錦織選手にとっては打ち返しやすかったのではないでしょうか。

 もう一つのポイントはナダル選手の疲労度です。準決勝でデル・ポトロ選手(アルゼンチン)相手に長い試合を戦い、ダブルスまで戦ったナダル選手は心身ともに疲弊していました。テニスでは、国別対抗戦のデビスカップを除いて負けた後に続けて試合をすることがないんです。マリー選手相手に比較的あっさり負けた錦織選手と、粘ってギリギリのところで負けたナダル選手。ナダル選手は準決勝敗戦のショックを引きずっていたように見えました。いつものナダル選手に比べてエネルギーがないような、そんな印象もありました。

――第2セットの終盤に入ると、そのナダル選手が息を吹き返したように見えました。逆転の理由は?

 あそこから巻き返したのはさすがにナダル選手というところでしょう。ビッグ4はやはりすごい。並のプレイヤーなら第2セットで2ブレイクダウン、5−2と追い込まれた時点で諦めておかしくありません。ナダル選手は諦めるどころかプレーに勢いが戻っていましたからね。逆に錦織選手は勝利を意識したのか硬さも見られました。それまでが出来過ぎだったこともありますが、ポイントが思うように取れなくなり、ミスにつながるという悪循環に陥ってしまいました。

――それまでが完璧だっただけに嫌な流れになったなと思いました。

 第3セットに引きずるとまずいなと思い、私も出だしに注目していました。錦織選手は見事に切り替えてきましたね。錦織選手にしてみれば「相手はあのナダルなのだからこういうこともあるだろう」と想定したのかもしれません。観ている私たち以上に冷静に事態を受け止め、再び第1セットのような流れを自ら作り出しました。サービスも含め、テニス自体が悪かったわけではないので、しっかり切り替えたことで本来のリズムを取り戻せました。

――第3セットは第4ゲームで早くもブレーク。ストローク戦でも再び主導権を握りましたね。

 錦織選手がストローク戦で勝てない選手はもういないと言ってよいかもしれません。ベースラインから中に入って、早いタイミングで勝負を仕掛けるテニスができれば、どんな選手にも勝てる領域まで来ています。今日の錦織選手は、どんなにショットを打ち続けてもミスにならないくらいのすごみがありました。ああいうプレーを見ていると、日本人選手だからとかというレベルではなくて、純粋にテニス選手としてすごい。メダルに値する世界のトップ選手であることは間違いありません。

日本テニス界にとって大きな意義のある銅メダル

――錦織選手にとって悲願のメダルであると同時に、日本テニス界にとっても96年ぶりとなる価値のあるメダルです。このメダルの意義はどんなところにあると感じていますか?

 五輪で日本の最初のメダルがテニスだったということはよく聞いていました。正式種目に復活してからもなかなかメダル獲得のチャンスはありませんでしたが、五輪のテニス種目にトップ選手がモチベーションを持って出場するようになった今、錦織選手が手にしたメダルには大きな価値があると思います。五輪本大会出場だけでも快挙と言っていたのに、銅メダルを取ってしまうんですから、これは日本テニス界にとっても大きなことです。

――錦織選手が五輪の舞台で結果を残したことにも大きな意味がありますよね。また今回は、ダニエル太郎選手も3回戦に進出、杉田祐一選手も勝利を挙げました。

 ダニエル太郎選手、杉田祐一選手の活躍もすごいことだと思います。錦織選手も含め、日本人選手が五輪で活躍することで、普段テニスに触れていない人にも観てもらえるきっかけになりますよね。テニスをプレーする子どもたちに夢を与えるという意味でも素晴らしい結果だったと思います。錦織選手は身体が大きいわけでも、圧倒的なサービスを持っているわけでもありません。もちろん才能ではずばぬけていて、ちょっと次元が違うテニスをしていますが、コートカバーリングや多彩なショットで世界のトップに迫るスタイルは、日本人選手のこれからの可能性を示してくれると思います。

――日本人選手の可能性と言えば、グランドスラム制覇の夢も残っています。錦織選手自身も試合後に「経験値を得られた」と発言していますが、息つく間もなく全米オープンがやってきますね。

 明らかに良いプレーをしているときのポイントの取り方、世界のトップ選手に対する自信は得られたのではないでしょうか。3セットマッチと5セットマッチの大会方式の違いなどはありますが、“いつもと違う”という点において、五輪はグランドスラムに通じるものがあります。特別な大会で結果を残せたことは、自分のテニスは間違っていないという自信につながったと思います。今日のように攻めのサービスからゲームをつくれれば、ストローク戦でどんな相手にも勝機は生み出せるはずです。全米オープンもコートの早さの違いはあるかもしれませんが同じハードコートなので、この感覚をそのまま持って、良い流れで全米オープンに臨んでほしいと思います。

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著者プロフィール

スポーツライター。育成年代から欧州サッカーまで幅広く取材活動を行う。またサッカーに限らず、多種多様な分野の執筆、企画、編集にも携わっており、編著に『欧州サッカー6大リーグパーフェクト監督名鑑』、全日本女子バレーボールチームの参謀・渡辺啓太アナリストの『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』を構成。

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