揶揄に負けなかったしずちゃんの功績 五輪の夢叶わずも貫いたボクサーズロード
ロンドン五輪出場ならずも明確な成長を見せた
五輪予選の初戦勝利後、相手のニザモワに笑みを見せた 【善理俊哉】
その年の5月には中国・秦皇島で行われた五輪予選に参加。大方の予想を覆して初戦を突破した。キックボクシングの国際大会で優勝の実績があるというシャフノザ・ニザモワ(ウズベキスタン)からダウンを奪い返してレフェリーストップに追い込んだ殊勲の勝利は、戦前予想が圧倒的に不利だったこともあってドラマチックだった。
次の試合で山崎はアンドレア・シュトローマイヤー(ドイツ)に敗れて、五輪出場はならず。だが翌日から他国の選手とのスパーリングを再開している。
当時の年齢制限は34歳。リオ五輪前にこの定年に引っかかると知っていたが、山崎は「前に出てばかりではサウスポーに弱いんやと痛感しました」と新しい課題にやりがいを示した。
この年の12月に行われた全日本女子選手権にも変わらず出場。以後は“しずちゃんあって”の大会がいくつか組まれ、他国の代表選手に勝つなど、明確な成長を見せた。
「ボクシングをやりたい」と言われて救われた
2013年4月、後楽園ホールでの『女子チャレンジマッチ』で涙ながらに山崎に礼を言う梅津さん。抗癌剤治療中だった 【善理俊哉】
ちなみに梅津さんは、余命がわずかだと自覚し始めた頃、前述の全国行脚について、こんな本音を漏らしたことがある。
「スパルタ指導でしずを精神的に追い詰めていることは確かでしたから、正直、不安はもちろんありました。意志の疎通が取れていると思っても、他人に預けると彼女が無意識に、自分にやさしいほうになびきそうになるのが分かったんです。言葉では私を信用しようとしていましたが、悪いことしたかなって。だからロンドン五輪後もまたボクシングをやりたいって言い出した時に、俺、救われたわと思いました」
2014年度の全日本選手権では技術力も見せて貫禄優勝 【善理俊哉】
「ボクシング経験が技術的に役立つということはそれほどないですけど、お笑いでも大一番はたくさんあります。そういう時にふとボクシング時代の闘争心が宿っているのが分かるんです。自分はもっともっと頑張れるんじゃないのかと意欲が湧いてくる。私にとってボクシングは表舞台に立つために不可欠なトレーニングやったと思います」
女子ボクシング最初の太陽は、輝きを増して再び昇り始めている。