地元に戻ってきたロアッソ熊本 逆境からのミラクルよりも大事な約束

井芹貴志

特別なものとなったホームゲーム

試合後、選手たちは相手チームのサポーターへあいさつ。Jリーグならではの空気が、この日のうまかな・よかなスタジアムにはあった 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 3カ月ぶりの地元「うまかな・よかなスタジアム」での開催となった第21節C大阪戦には、相手側サポーターも含めた数字ではあるが、今シーズンのホームゲームで2番目に多い9322人の観客が訪れた。メインスタンドのみしか使えない状況でゴール裏やバックスタンドは無人と不思議な光景ではあったが、スタジアムの雰囲気はまた、それまでのうまスタでのゲームとは違う、特別なものになった。

 両チームのサポーターはメインスタンドの両脇に陣取ったため、そのチャントや声援は屋根に反響していっそう響き、普段はゴール裏にいないであろう観客の多いメインスタンド中央部にも伝播していく。ジャッジに関しての不満などからか、一時は殺伐とした空気も漂ったものの、試合後に選手たちはいずれも相手チームのサポーターの前へあいさつにいき、お互いからエール交換。スタンドに張り出された各地から寄せられた横断幕や寄せ書き入りのメッセージと合わせ、単に相手をリスペクトするにとどまらない、「地元のクラブ」を愛し、ホームタウンを愛し、フットボールとリーグそのものを愛おしむというJリーグならではの空気が、この日のうまかな・よかなスタジアムにはあった。

 結果的に熊本は今季最多失点でC大阪に敗れたのだが、失点しても止まないチャントや声援は、選手たちの背中を押し続け、最後まで点を取りにいく姿勢を貫かせた。巻誠一郎は言う。

「最後まで足を伸ばしたり、ひたむきにプレーすることの繰り返しがサッカーなので、そんなに簡単じゃないと思います。でも、地震の直後もなかなかうまくいかない部分もあったけれど、俺らはそれを乗り越えたので、次のホームでまた良い試合をしたいですね。自分たちだけで戦っているわけじゃないから、いろいろな人の支えがあったり、チームメートの助けがあったり、そういう中でこうやってホームでのゲームができたわけだし、やっぱり僕らはそれを絶対に忘れちゃいけないと思います」

揺らがない「プレーオフ進出」という目標

地元「うまかな・よかなスタジアム」でのホームゲーム実施は1つの節目。「プレーオフ進出」を目標に、チームは1歩1歩前に進んでいく 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 熊本県や熊本市など行政、Jリーグ、スタジアムの指定管理者や、試合を運営するボランティア、飲食ブースに出店する業者、そしてスタンドを埋める観客など、多くの機関や人が関わって再開できた地元でのホームゲーム。確かにこれが1つの節目にはなるが、メインスタンドのみという使用制限はおそらく今シーズンいっぱいは継続されるだろう。いまだ避難所生活を余儀なくされている方もいて、地震からやがて3カ月が経とうとする中で、以前の暮らしが完全に戻ってきたと言うにはほど遠いのが現実。簡単に試合を見に来ることができないサポーターも、中にはいるだろう。

 岡本が話していたように、チームの成績でも熊本の復興でも、決して奇跡は起きない。大切なのは、現状を把握して必要な措置をとり、1歩1歩前に進んでいくこと。「必ず勝つことは約束できないけれど、少なくともピッチで全力を尽くすことだけは約束しないといけない」。これは今季加入したGK佐藤が新体制発表の場で話した言葉だが、今のチームでは誰もがこのことを実践している。

「復興のシンボルというより、県民の心の拠りどころ」――。C大阪戦の前にあいさつした蒲島郁夫熊本県知事は、ロアッソ熊本を指してそう表現した。だからこそ、開幕当初に掲げた「プレーオフ進出」という目標も揺らぐことはない。

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著者プロフィール

1971年生まれ。大学卒業後、タウン情報誌の編集に11年関わり、2005年にフリーランスのライターとして独立。ロアッソ熊本を発足当初から取材し、雑誌、webなどの各種専門媒体に寄稿。自らも3級審判員とJFA公認D級コーチの資格を持つ。スポーツ関連に限らず、地元新聞社のタブロイド紙やタウン誌、編集プロダクション等の依頼を受け、ミュージシャン、映画監督といったエンタメ関連ンタビュー、行政や企業、飲食店の取材等も幅広く行っている。

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