サンキュー水戸! サンキュー柏! 熊本ホームの日立台で見たJリーグの底力

宇都宮徹壱

地震後初の熊本のホームゲーム

地震後初の熊本のホームゲームが開催された日立柏サッカー場。熊本や水戸以外のファンも多数駆けつけた 【宇都宮徹壱】

 常磐線の車窓に映る風景をぼんやり眺めながら、ふと「最後にロアッソ熊本の試合を観たのはいつだっただろうか」と考えてみた。3年前? 5年前? いやいや、もっと昔だ。あれは2005年の晩秋、岡山で行われた全国地域リーグ決勝大会でJFL昇格を決めた時のこと。当時のクラブ名は「ロッソ熊本」で、チームを率いていたのは現在クラブ代表を務める池谷友良氏であった。この日(5月22日)、日立柏サッカー場で「ホームゲーム」が行われなかったら、ご無沙汰の期間はさらに延長されていたことだろう。

 08年にJ2に昇格して以降、ロアッソ熊本の名前が全国レベルで注目されることは、これまでほとんどなかった。しかし9シーズン目となる今季のJ2リーグ、熊本は開幕から3連勝を果たし、第3節終了時には初めて単独首位に立つ。その後、第6節、第7節と2連敗を喫した5日後、あの熊本地震が発生。以降、ホームとアウェーの5試合が中止となり、まったく試合ができないまま、ずるずると順位は後退──いや、こういう表現は適切ではない。被災地はまさに「サッカーどころではない状況」だったからだ。

 地震発生から1カ月が経過した先週の15日、ジェフ千葉とのアウェー戦でようやくリーグ戦復帰を果たした熊本。J2にもかかわらず、試合はNHKのBSで全国中継され、一般のニュースでも扱われるほど注目を集めた。当の熊本サポーターたちは、どんな思いであの試合を迎えたのだろうか。ロアッソ熊本東京応援団団長の時任聰明さんは、今回の地震で最も被害が甚大だった熊本県益城町の出身。実家は半壊したという。復旧までほど遠い状況だが、それでもあの試合に救いを感じたと語る。

「あんなにわくわくする感覚って、本当に久しぶりでした。ひとつ前に進んだかなって感じでしたね。ゴール裏の仲間たちとも再会できたし、千葉の人たちも本当に温かくて、蘇我駅からフクアリに向かう途中で多くの千葉サポの方に声をかけていただきましたし。試合はもちろんガチンコでしたけれど、最後に千葉のゴール裏からエールを送ってもらったときには、ぐっとくるものがありましたね」

 一方でホームのうまかな・よかなスタジアムは、支援物資の中継地となっており、加えて施設の安全性も確認できないため、当面の間は使用できない。今回は遠く離れた関東の日立柏サッカー場、来週28日はノエビアスタジアム神戸、その後は九州での開催も予定されているという。しかし、今なお余震が続く状況とあっては、熊本でのホームゲーム開催は当面難しそうだ。それでも時任さんは「試合をすることが大事」と語る。

「もちろん、本当はうまスタでやりたいですよ。でも、スタジアムに預けておいた横断幕が、ドアが開かなくて持って来られなかった。今はそういう状態なんですよ。ですので、今回のようによそのクラブのスタジアムをお借りして、県外にいる僕らがスタジアムを赤く染める。そうすることで、地元を少しでも元気づけるしかないと思っています」

「復興支援マッチ」ならではの光景

この日の入場者数は8201人。いつもは黄色で埋め尽くされるスタンドが、この日は赤に染まった 【宇都宮徹壱】

 11時30分にJR柏駅に到着。改札を抜けると、何やらフリーペーパーを配っているユニホーム姿の集団を見つける。柏レイソルの黄色が目立つが、川崎フロンターレや今日の対戦相手である水戸ホーリーホックのユニを着た人も見かけた。1枚受け取ると、「柏でよりみち アディショナルタイム」と書かれてある。柏に不慣れな熊本や水戸のサポーターに向けて、スタジアムグルメやお勧めのテイクアウトショップ、そして裏面には日立台までのアクセスマップが描かれてあった。

 柏駅からスタジアムまでは、徒歩20分。通い慣れていないと、ちょっと難易度を感じるアクセスだ。道すがら、「ようこそ日立台へ」と書かれたプラカードを持った柏サポーターをあちこちで見かけた。プラカードには矢印が描かれており、それに沿って歩いていけば自ずと目的地に到着できる。柏は前日、ホームゲームがあったばかり。しかも5月とは思えない暑さの中、サポーター有志は道案内を買って出てくれた。そんな彼らの心遣いと心意気に自然と頭が下がる。

 12時、日立台公園に到着すると、ずらりと長い行列ができていた。行列の先頭に視線を移すと、マンガ『GIANT KILLING』の作者として知られるツジトモさんのサイン会が行われていた。ただサインするだけでなく、1枚1枚の色紙にマンガの登場人物のイラストを描いている。後ほどツイッターで確認したら、ツジトモさんは試合が終わるまでずっとイラストを描き続けていたそうだ。ちなみに『キャプテン翼』でお馴染みの高橋陽一さんもサイン会を行い、予定時間を大きくオーバーする3時間にわたりファンサービスを続けていたという。これまた、頭が下がる話である。

 熊本ゆかりのゲストにも注目したい。この日、クラブマスコットのロアッソくん、県のPRマスコットのくまモン、そして熊本城築城400年祭PRキャラクターひごまるが勢ぞろい。そんな彼らを引き連れて、熊本が生んだ国民的歌手、水前寺清子さんが試合前に『三百六十五歩のマーチ』を披露する。赤いユニホーム姿のチータ(水前寺さんの愛称)の歌声に、会場が一体となって「ワンツー! ワンツー!」と唱和する瞬間は、まさに圧巻。いやはや、実に良いものを見せてもらった。これで熊本が勝利すれば、さらに言うことがないのだが。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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