ユーロ2016の出場国拡大に賛否両論 各国記者が分析するグループステージ

元川悦子

出場経験の少ない国の人々が熱狂

ハンガリーは3〜4万人のサポーターが大挙して渡仏し、会場で一体感のある応援を繰り広げていた 【写真:aicfoto/アフロ】

 ファビエール記者の指摘通り、ユーロ出場経験の少ない国の人々の熱狂ぶりは確かにすさまじいものがあった。アイスランドは国家人口約33万人の約10%に当たる3万人程度がフランスを訪れ、母国の代表チームを応援したと言われる。同じく初参加のアルバニアもイタリアやドイツなど欧州各地に散らばっている移民が集結し、民族意識を高揚させていた。44年ぶりの出場となったハンガリーにしても、3〜4万人のサポーターが大挙して渡仏し、ランス、マルセイユ、リヨンの3会場で一体感のある応援を繰り広げていた。

「ハンガリーは86年W杯メキシコ大会以降、国際大会から遠ざかっていた。今回もF組最下位でも仕方がないと考えていました。だからこそ、初戦でオーストリアに2−0で勝った時、われわれメディアも本当に驚きました。母国の人々の反応は敏感で、地元ブダペストは大変な騒ぎになりました。何千人もの人が街頭に出てトラムがストップし、空港や高速道路でも代表チームの勝利を告知する特別な表示が出たと聞いています。

 2戦目のアイスランド戦も終盤に劇的ドローに持ち込み、ラストのポルトガル戦は3度もリードした。勝てなかったのは残念でしたが、長年、夢見てきた大舞台での1位通過で国中が沸き返っている。この夢が1日でも続けばいいと思っています」とハンガリーのニュースウェブサイト『Origo(オリゴ)』のヘイキ・アローン・レべンス記者もユーロでの躍進がもたらすものの大きさをあらためて説明してくれた。

 こうした強豪国ではない国の参戦で、ユーロという大会自体が盛り上がると同時に価値が高まり、サッカーの普及・発展につながる。それこそが、プラティニの思い描いた理想像だったに違いない。今のところは前会長の思惑通りに物事が進んでいると言っていい。

今後、ユーロはどうあるべきか

スロバキア対イングランドは結果こそ0−0だが、内容的にはイングランドが圧倒的に上回っていた。内容にも目を向ける必要があるとオサンナ記者は語る 【写真:aicfoto/アフロ】

 とはいえ、拡大路線をこのまま続けていいわけではないと警鐘を鳴らすメディア関係者もいる。英国放送局BBCのウェブサイトなどに執筆するイングランド気鋭のフリーランスジャーナリスト、アンディ・ブラッセル氏は「ユーロは24カ国出場が限界ではないか」と強調する。

「ここまではスリリングな展開が続いて、UEFAの決断が大成功した形になっていますが、やはり24カ国がリミットでしょう。これまでのユーロの歴史を振り返ってみると、60年にフランスで開催された第1回大会は4か国出場、80年イタリア大会から8カ国、96年イングランド大会から16カ国に出場枠が広がりました。その都度、賛否両論はあったようです。こうした中、今大会が一番大きな出場国の拡大だった。

 枠を広げることは、出場を目指す小国、中堅国にチャンスを与えられるというプラス面がある一方、試合の質の低下、大会全体のレベルダウンにつながるという懸念材料があります。今回はたまたまいい方向に出ていますが、今後どうなるかは分からない。これ以上の拡大路線には慎重になるべきだと思います」

 ブラッセル記者の考え方に同調するのが、フランス・リヨンに本拠を置く『Le Progres(ル・プログレ)』紙のアントアナ・オサンナ記者だ。

「確かに今大会は新興国が好結果を出したことで盛り上がっています。ただ、16カ国開催の方が試合内容のレベルがより高かったし、枠を拡大すべきではなかったというのが、私個人の意見です。

 例えば、20日にサンテティエンヌで行われたスロバキア対イングランドなどは、シュート数が4対28、ボール支配率は43%対57%で、内容的にはイングランドが圧倒的に上回っていた。結果は0−0のドローだったかもしれませんが、こういった試合が増えるのはユーロという大会にとっていいことではない。21日のクロアチア対スペインのような拮抗したゲームが繰り返されてこそ、大会のクオリティーが維持できる。W杯にしても32カ国開催になってから退屈なゲームが増えた。だからこそ、私は16カ国開催に戻した方がいいと考えています」

 オサンナ記者の発言はやや強硬に聞こえるかもしれないが、内容を見るべきという主張には一理ある。UEFAは試合結果のみならず、内容面の分析もきちんとして、成否を判断する必要があるだろう。それ次第で、ユーロの24カ国開催を続けるべきか、さらに拡大するべきなのか、もしくは再び縮小するのかといった判断も分かれてくる。さまざまな意見を加味しながら、ベストな形を築き上げていくことが肝要だろう。

 いずれにせよ、本当の戦いはベスト16が始まるここから。グループステージで大躍進し、大会を盛り上げてくれたアイスランドやハンガリー、北アイルランドといった国々がどこまで勝ち上がるかによっても、出場枠に関する議論の行方は違ってくる。04年ポルトガル大会で大方の予想を覆してギリシャが優勝したように、何が起きるか分からないのがフットボールの世界だ。その醍醐味(だいごみ)を7月10日のファイナルまで存分に示してほしいものである。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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