少年サッカーの質を上げるプロとの“近さ” スペイン暮らし、日本人指導者の独り言(7)

木村浩嗣

お隣さんのセビージャ

記者会見でウナイ・エメリ監督(右)に同伴するセビージャの広報部長。この広報担当者にうちのクラブのチームカラーが宿敵ベティスと同じ緑だ、と文句を言われた 【木村浩嗣】

「キムラ、何だよ。今日はずい分緑じゃないか。おい、みんな見てみろ」

 ある日、取材で親しくしているセビージャの広報部長を練習帰りに訪ねると、こんな冗談を言われた。うちのクラブのチームカラーは、セビージャのライバル、ベティスと同じ緑。セビージャのチームカラーは赤である。

「セントロ・イストリコ(うちのクラブ名)のユニホームには赤もあるはずだろ」と不満顔だ。その通り。メインカラーが緑でサブが赤(エンジに近いが)である。よく知っているのでこっちが驚いた。うちのグラウンドからセビージャのスタジアムまで歩いて10分ちょっと。お隣さんというだけでなく、少年チームが公式戦でしょっちゅう対戦しているから、彼もよく分かっているのだ。

 人工芝の美しいグラウンドで指導者のほとんどがライセンス所持者、1チームの人数が制限されているなど、スペインの育成環境が恵まれていることは何度か指摘してきた。今回は、地元のプロチームとの物理的・心理的距離の近さについて書こう。一流のプロの試合を見ることができたり、プロの予備軍と実際に対戦できることは良い刺激となって、少年サッカーのレベルを上げている、と思うからだ。

プロサッカーと街が完全に一体化

うちのクラブとセビージャの練習試合。もちろんベティスもやって来る。街のクラブでもプロ予備軍と対戦機会があることがレベルアップにつながっている 【木村浩嗣】

 私が指導しているセビージャ市の人口は約70万人、マドリッド、バルセロナ、バレンシアに次ぐスペイン第4の都市である。この街にはセビージャ、ベティスというリーガ・エスパニョーラに所属するプロチームが2つあり、セビージャは先日ヨーロッパリーグ3連覇を達成した欧州有数の強豪、ベティスの方は最近低迷しており1部と2部を行ったり来たりしている。力の差はあるがファンの数は半々といったところだ。

 この人口70万人というのが、ちょうど良い大きさなのだ。今季のチャンピオンズリーグ決勝の顔合わせ、レアル・マドリーとアトレティコ・マドリーのホームタウン、マドリッドのように300万人、あるいはリーグ優勝チーム、バルセロナの地元バルセロナのように160万人クラスの巨大都市になると、うちのような街クラブが気軽に対戦するなんてわけにもいかない。

 かといって、もっと小さい街だとプロチームがコンペティティブでなくなってしまう。欧州で名の知れた強豪、日本でも有名なクラブの少年チームと試合ができる恵まれた環境は、セビージャ市の規模と密接に関係している。

 もっとも、トップチームの力には差がついてしまったが、少年レベルではセビージャとベティスの力の差はほとんどない。だからベティスと対戦できることもうちのクラブにとっては名誉であり、現場の監督たちはいかにこの2強を倒そうかと知恵を絞り、子供たちはスカウトの目に留まることを夢見ている。プロになるのは簡単なことではないが、うちのようなクラブから欧州のトップクラスへ続く道が開かれている、と考えると信じられない気がする。

 街を歩いていても、たまに選手の姿を見かけるし、どこで誰が何をしていた、といううわさはすぐに耳に入ってくる。うちの子供たちによると、この間、レジェス(ホセ・アントニオ・レジェス、セビージャの英雄)がうちのグラウンドに少年サッカーの試合を見に来ていたという。なにせ、イバン・ラキティッチ(バルセロナ、元セビージャ)が観光客のひしめく大聖堂で白昼堂々と結婚式を挙げても平気な街なのだ。プロと街は完全に一体化している。

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著者プロフィール

元『月刊フットボリスタ』編集長。スペイン・セビージャ在住。1994年に渡西、2006年までサラマンカに滞在。98、99年スペインサッカー連盟公認監督ライセンス(レベル1、2)を取得し8シーズン少年チームを指導。06年8月に帰国し、海外サッカー週刊誌(当時)『footballista』編集長に就任。08年12月に再びスペインへ渡り2015年7月まで“海外在住編集長&特派員”となる。現在はフリー。セビージャ市内のサッカースクールで指導中。著書に17年2月発売の最新刊『footballista主義2』の他、『footballista主義』、訳書に『ラ・ロハ スペイン代表の秘密』『モウリーニョ vs レアル・マドリー「三年戦争」』『サッカー代理人ジョルジュ・メンデス』『シメオネ超効果』『グアルディオラ総論』(いずれもソル・メディア)がある

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