三浦隆司、再び世界の頂点を目指し―― 雪辱のチャンスは今秋以降に実現か

船橋真二郎

内山との世界戦が転機だった

三浦にとって転機となったのが内山高志との世界戦だった 【写真:ロイター/アフロ】

 まれに見る死闘は本場の心にも響いた。アメリカの多くのメディアが軒並み『ファイト・オブ・ジ・イヤー(年間最高試合)』に選出。勇敢なファイターとして逆に評価を高めるのだ。だが、あとには悔しさしか残らなかったと三浦は言葉に力を込めた。

「あそこで自分のボクシング人生が終わりだったら、それは光栄なことだし、誇りにもなったと思う。ただ、現役を続ける以上、そういう評価よりも勝ってナンボ。とにかく勝たないと、ということをつくづく感じた」

 目前で逃した大舞台での勝利、失ったベルトの重さ、さまざま巡る思いの中には、追求してきたボクシングを表現することができなかった悔しさもあったはずである。

 少々の被弾も厭わず、肉を切らせて骨を断つ武骨なファイター。それが以前の三浦だった。転機は2011年1月。内山高志(ワタナベ)のWBA王座に挑み、8回終了TKOで敗れた世界初挑戦だった。三浦は3回に左ストレートでダウンを奪ったが、以降は内山が圧倒。両目の周囲を腫れ上がらせ、視界を奪われた三浦は棄権に追い込まれた。しかも、内山は試合前から右拳を痛めており、ほぼ左一本の戦い。惨敗だった。

 ここから再び世界を目指すには何かを変えないといけない。三浦は帝拳ジムへの移籍を決断する。現役の世界王者をはじめ、世界を狙うボクサーが数多く在籍する環境で揉まれようと考えたのだ。

 器用なボクサーではない。新たに身に着けようとした柔軟なボディワークとヘッドムーブを駆使したディフェンス、間合いを測るジャブ、バランス、位置取り。これら基本を含めた細かなテクニックを目に見えて試合で出せるようになってきたのは、ようやく一昨年11月の3度目の防衛戦からだった。

「ダウンを取ったことが希望の光だった」

 目の前の相手をぶっ倒すという根本は一貫して変わらない。三浦は「試合では狙わずに狙う。矛盾してるし、難しいけど、そうしないと、なかなかKOが生まれないことを、ここ(帝拳ジム)で学んだ」と話していたことがあった。いかに優位な態勢をつくるか。いかに力を抜くか。日々の練習で繰り返し反復してきた。その集大成を見せるべきラスベガスのリングで成果を発揮することができなかった。

 だが、現在WBC1位につける三浦に雪辱のチャンスは今秋以降、訪れそうである。現地時間6月4日、ロサンゼルス近郊カーソンで行われるバルガス対オルランド・サリド(メキシコ)の勝者に挑戦することが有力視されているのだ。バルガスとの再戦は言うに及ばず、2階級制覇の実績を持つ35歳の古豪サリドも激闘が売りの好戦的ファイターで、三浦との顔合わせはアメリカでも注目を集めるはず。本場のリングに再び立つ可能性も決して低くはない。

 三浦が以前、内山に敗れた当時について、こう振り返ったことがある。
「何もできず、絶望を味わった。ただ、ダウンを取って、それだけが希望の光だった。何とか次につながった、というか……。あれがなければ、自分のボクシング人生は終わっていたかもしれない」

 今回もまた三浦の左拳が希望をつないだ。ただし、その次はないということを「自分は崖っぷちにいる」という三浦自身がいちばん分かっている。
「悔しさを晴らすには、また世界チャンピオンになることだと思う。しっかり努力して、自分は時が来るのを待つだけ」

 次こそは必ず結果をつかみ取る。三浦の雪辱に向けた戦いはすでに始まっているのである。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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