シナリオ通りの「延長勝負」を制した日本 最大の関門を突破し、五輪まであと1勝

川端暁彦

延長前半、交代出場の豊川が先制ゴール

延長前半6分、豊川雄太(14)がついに均衡を破るゴールを決める 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 後半に入っても大枠の流れは変わらなかったが、苦しい状況が続く中でも日本のベンチは我慢を続けた。延長を覚悟していることは明らかだった。そして試合時間が残り15分を切ると、イランの選手から足をつる者が出始める。「後半の終わりから相手の体力がなくなるので、持久戦になればとみんな思っていた」(DF室屋成)。相手の強さ(あるいは自分たちの力不足)を率直に認めて、その上で全員の意思統一をもって勝機を待つ。ベテランのそろうチームでもなかなかできない我慢の戦いを、23歳以下の若武者たちは実践した。

 最初のカードは後半37分。久保から浅野へFWをスイッチ。あわよくば浅野が試合を決めてくれればという交代だが、セットプレーの防空要員として欠かせないFWオナイウ阿道はピッチに残す判断をしたあたり、やはり「延長勝負」を意識していたのは間違いない。43分にはMF豊川雄太をピッチに送り出すが、こちらにはハッキリと「延長へのアイドリングだ」と指揮官が伝えたと言う。

 そして迎えた延長戦。見せたのは交代出場の豊川と、「相手がバテてからが勝負」とあえて得意の攻撃参加を封印し、ここまで守備に徹していた右サイドバックの室屋だった。延長前半6分、攻め上がった室屋が鋭い切り返しから左足でクロスボール。絶妙にコントロールされた速いボールを、巧みにDFの間に入り込んでフリーになった豊川が頭でたたく。「ヘディングは得意なので」と笑った男がゴールネットを揺らして、日本が先制点を奪った。

 このあとはヘディングが強い選手を選んだ中で、「それだけでは勝負運を逃す」と指揮官があえて最後に先発メンバーに加えていた中島翔哉が2点を追加。相手の戦意を完全に砕き、勝負あり。「延長勝負」のシナリオ通りに粘りの戦いを続けた日本がイランを下し、準決勝進出を決めた。

「団結に裏打ちされた果敢さ」と「持久力」

「弱い」と揶揄されてきた世代の日本代表だが、五輪まであと1勝 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 これ以上ないほどにタフな戦いだった。日本の枠内シュートは最終的に4本が記録されたが、実は延長に入ってからの豊川のゴールが初めての1本。残り3本のうち2本が決まっているという決定率の高さも含めて、延長の内容は突き抜けていた。90分の“攻勢防御”から30分の“反転猛攻”という流れで、日本は難敵を退けた。

「しびれる戦いをお見せする」と何度も公言してきた手倉森監督はまさに有言実行だったが、ちょっとしびれすぎだったかもしれない。「わけわからんようになってしまった」という豊川が謎のダンス(?)を踊り、ロッカールームではチーム内で「室屋の歌」と呼ばれる室屋の明治大での応援歌がなぜか熱唱されていた。常にない選手たちの喜びようは、苦しかった試合の裏返しである。

 とはいえ、五輪へ至る戦いはまだ終わっていない。最大の関門と目された準々決勝を抜けた価値は大きいが、「次で負けたら意味がない」(植田)。準決勝の相手は未定だが、もしもイラクが出てくるようならば、この世代にとっては過去3度も敗北し、「準々決勝で勝てない世代」というイメージを植え付けられてしまった因縁深い相手となる。植田は「イラクなら自分たちにとって最高の相手。上がってきてほしい」と率直に言い切った。

 端的に「弱い」と揶揄(やゆ)されてきた世代の日本代表が、五輪まであと1勝のところまでたどり着いた。その強みは日本人の美徳とされる「謙虚さ」かもしれない。相手をリスペクトして、自分たちを過大評価せず、耐えるところは耐え、欲や色気を出して失敗することがない。その上で勝負と見れば、全員で意思統一をもってリスクを冒す「団結に裏打ちされた果敢さ」がある。そして、それを支えているのは「持久力」という肉体的なベースだ。

 これまでの4試合はPKによる1失点のみで全勝。ここまで来れば、この世代が持つ「日本人らしい強み」を貫き、あと1勝を手にすることを願うのみである。

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著者プロフィール

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』をはじめ、『スポーツナビ』『サッカーキング』『フットボリスタ』『サッカークリニック』『GOAL』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。近著に『2050年W杯 日本代表優勝プラン』(ソル・メディア)がある

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