百戦錬磨の高山が原戦で見せた“冷静さ”=「次の未来」はWBA正規王者か、田中戦か

船橋真二郎

イメージどおりのゲームプラン

原隆二にキャリアの差を見せつけて8回TKO勝利と完勝したIBF世界ミニマム級王者・高山勝成 【写真は共同】

「勝つためのポイントは経験とキャリア、最後は気持ちです。自分は10年前のWBCのチャンピオンで、10年後の今もチャンピオン。原選手が15歳のころから世界のトップで戦ってきてるんです。その経験とキャリア、10年間で培ってきた気持ちを明日のリングで見せたいと思います」
 27日、エディオンアリーナ大阪(大阪府立体育会館第1競技場)で行われたIBF世界ミニマム級タイトルマッチは、試合前日に王者の高山勝成(仲里)が残した言葉どおりの内容となった。

 序盤はサークリングしながら左ジャブを飛ばす高山に対し、挑戦者の原隆二(大橋)が右をかぶせ、左ボディを合わせていく。2回には、思いきりのいいクロス気味の右で高山を後退させた。それでもラウンド終盤にしっかりと強い右を返し、決してペースを渡さないところが高山のうまさ。
「(原は)初挑戦なので、前半は大事にいく。その上でポイントゲームになっても上回れるようにしっかり戦いたい」
 挑戦者の狙いを見定めながら、王者はイメージしていたプランどおりの立ち上がりを見せた。

強弱、上下を織り交ぜた連打でTKO

3回に偶然のバッティングから古傷でもある左目上から出血した高山。しかし、冷静さを失うことなく、強弱、上下を織り交ぜた連打でTKOに仕留めた 【写真は共同】

 試合の流れが変わるきっかけとなったのは3回。偶然のバッティングで古傷でもある高山の左目上から出血。だが、ここでも高山が落ち着きを失うことはなかった。
「過去に何度も切っているし、海外で戦うなかでも経験してきて、切れたときの気持ちの持ち方はわかっている。まったく問題なかった」
 4回に入り、原が傷口を狙うように立て続けに右を振ってくると、すかさず戦略を切り替える。プレスをかけ、持ち前の回転の速い連打で原を押し込んでいく。高山が冷静な証拠は、ただ攻め込むばかりでなく、距離を取るところでは距離を取り、的確な状況判断で展開にメリハリをつけたところ。
「行くときは思いきり行く。下がるときは下がる。中間距離と接近戦、長距離を絶妙なところでうまく使い分け、原選手のスタミナと集中力が切れたところを突こうと考えていた」

 原は右、左フック、左ボディと、強い一発で勢いを止めようとするあまり、高山の正面に立ちすぎることになり、次第にじり貧になっていく。中盤以降は再三ロープに押し込まれ、7回終盤には高山の連打に煽られるようにスリップする場面も。迎えた8回、「ここが行きどころだと思った」と高山は強弱、上下を織り交ぜた連打でロープに釘づけにし、最後はワンツーが捉えたところで、手が出なくなった原をレフェリーが救った。

キャリアの差を埋められなかった原

田中へのリベンジを誓い、気合十分の原。2回には思いきりのいいクロス気味の右で高山を後退させたが… 【写真は共同】

 世界初挑戦に失敗した25歳の原。高校時代は4冠の実績があり、プロ転向後は全日本新人王、日本王者、東洋太平洋王者と全勝で駆け上がった。だが、昨年10月、名古屋に現れた超新星、当時19歳の田中恒成(畑中)に初黒星を喫して国内最短記録となる4戦目での東洋太平洋王座奪取を許し、5戦目での国内最短世界奪取にもつながった。原が今まで口にしたことがなかった田中への直接的な思いをはっきり表明したのは、高山への挑戦を翌日に控えた前日計量後。
「田中選手には自分もリベンジしたいと思っているし、(高山に勝って)自分が次のステップに進むための試合」

 日本、東洋太平洋王者時代は伸び悩み、低調な試合が続いていた原を変えるきっかけとなった田中戦。見違えるような動きを見せたが「まだまだ気持ちが足りなかった」と自らを省み、高山に挑んだ。果敢に一発を打ち込み、気迫は見せたかもしれないが、それだけでは何ともしがたいキャリアの差があったと言わなくてはならない。

「原選手のパンチは強かったです。だけど、自分は過去にヌコシナチ・ジョイ(南アフリカ)、ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)、イーグル京和選手(角海老宝石)、新井田豊さん(横浜光)、強烈なチャンピオンたちと拳を合わせてきたんで問題はなかった」
 世界戦はもう14戦目。2009年からは「ワールドチャレンジ」を掲げ、当時は日本未公認だったIBF、WBO王座を目指し、南アフリカ、メキシコに舞台を求めたこともあった。百戦錬磨の32歳のコメントにプライドがにじんだ。

田中も大みそかの統一戦を熱望

リングサイドで観戦していた田中も「自分のペースに引きずり込む力がすごい。単純に強いチャンピオンなので本当にやってみたい」と高山戦を熱望する 【写真は共同】

 試合後、高山はリングサイドで見守っていた現WBO世界ミニマム級王者の田中をリング上に招き、大みそかの統一戦実現の機運を盛り上げた。もちろん団体間の承認が不可欠でハードルは高い。個人的には高山も田中も指名挑戦者を退け、きっちり段階を踏んでから、とも思うのだが、若い田中がこの階級にとどまることができる時間には限りがあり、実現のタイミングは今しかないのかもしれない、とも思う。

 両者は田中のデビュー前から高山が胸を貸し、たびたびスパーリングを重ねてきた間柄。田中は「自分も原選手の強さを知っている分、本当にすごいな、と感じました。前半に少しもらった場面はあったんですけど、ペースを渡しもしなかったし、中盤からはがっちりペースを掴んで、8回できっちり仕留めた完勝」と高山を称え、「みなさんが知っているスタミナ、手数にプラス、自分のペースに引きずり込む力がすごい。見ている人にはわからない、前に立たないとわからないリズム、ステップ、動きがある。もちろん負ける可能性もあるんですが、勝てるからやりたい、負けるからやりたくない、じゃなくて、単純に強いチャンピオンなので本当にやってみたいんです」と可能性を秘めた20歳は、あらためて対戦を熱望した。

例え名古屋で実現も「家の近所」

ライトフライ級での2階級制覇か、WBA正規王者か、田中とのビッグマッチか。「勝ったことで次の未来が開けた」という高山の次なる目標は果たして!? 【写真は共同】

 一方の高山も「スパーリングでは決して良くはないけど、彼はすごく緻密に考えて、スパーリングの良いところ、悪いところを分析し、試合でしっかりと発揮してくる、賢くて、本番に強いタイプ。まだ防衛もしてなくて、決定戦に勝っただけなので、力はわからないけど、彼はこれからの戦い方次第で化けると思う。まだ年齢も若いし、楽しみな日本の新世代のチャンピオン。僕自身、楽しみです」と歓迎。田中が名古屋での対戦を希望していることについては「僕は南アフリカ、メキシコでやってるんですよ。名古屋は家の近所に行くようなもんです」と笑わせ、余裕を見せた。

 実現すれば興味深い新旧対決になるが、高山陣営にとってはあくまで選択肢のひとつ。試合前日、中出博啓トレーナーは「機会があれば、(ライトフライ級で)2階級制覇も狙ってますし、WBAとの統一戦もいい。タイミングと交渉次第」と今後について話していた。高山自身としても「国内でのビッグマッチは彼(田中)。海外でのビッグマッチはWBA王者の(ヘッキー・)バドラー(南アフリカ)との統一戦。それしか、このウェートで戦う意味はないと思います」という位置づけ。すでにミニマム級で主要4団体のベルトを巻いた高山だが、WBAだけは“暫定”(新井田の負傷で設置された正当な暫定王座。その後、統一戦で新井田に惜敗した)。チャンスがあれば、“正規”のWBA王座のベルトを獲りたいとは、かねてからの希望だった。

「勝ったことで、次の未来が拓けたことを喜びたい」という高山にとっては、ここからがキャリアの最終盤。17歳のデビューから15年に及ぶキャリアの集大成に相応しい舞台の実現を望んでいる。
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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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