クラマーさんがサッカー界に残した教え いつの時代も変わらない大切なもの

中野吉之伴

ドイツでもかけがえのない存在

日本サッカー界の礎を築いたクラマーさん(右)は、ドイツでもかけがえのない存在だった 【写真:アフロ】

「伝説の指導者デットマール・クラマーが亡くなった」

『ヴェルト』紙はそう見出しをつけてクラマーさんとの永遠の別離を報じた。1968年のメキシコ五輪で3位という成績を残した日本サッカーを強化し、その発展の礎を築いたわれわれの恩人は、母国ドイツでもかけがえのない存在だった。クラマーさんのおかげで大成した選手も少なくない。皇帝フランツ・ベッケンバウアーもその一人だ。『ビルト』紙に寄稿したコラムで「ドイツサッカー界はデットマール・クラマーという天才を失った」と最大限の敬意を払い、別れを悲しんでいた。

 ベッケンバウアーとクラマーさんの出会いはユース代表時代。才能の高さは誰もが認めるものの、モラル・素行に難があったベッケンバウアーは代表選手にふさわしいのか。当時、DFB(ドイツサッカー連盟)では常に議論の的だった。最終的にDFBは代表合宿中にユース代表監督を務めていた人格者のクラマーさんと同室になることを条件に承認したという。66年ワールドカップ(W杯)イングランド大会では代表監督ヘルムート・シェーンのアシスタントコーチとして準優勝に貢献。「非常に多くの点で正しい戦術を見いだしてくれた。われわれはクラマーに感謝しなければならない」とベッケンバウアーも述懐していた。

 指導者としてもっとも成功したのはバイエルン・ミュンヘンの監督として、ベッケンバウアー、ゲルト・ミュラー、ゼップ・マイヤー、ウリ・ヘーネスといったスター選手の力を見事に束ね挙げ、チャンピオンズリーグの前身であるヨーロッパチャンピオンズカップ2連覇を達成した時だろうか(75、76年)。

 しかし、クラマーさんの偉業は簡単にまとめることができないほど多岐にわたり、掘り下げきれないほど奥深い。DFB会長ヴォルフガング・ニールスバッハは「世界的に認知されたドイツサッカーの伝道師だった。彼の持っていた才能ゆえ、そして人生を享楽し、愛に満ち溢れた人間性から、どこに行っても評価されていた」とコメントを寄せていた。DFB、そしてFIFA(国際サッカー連盟)の指導者として、90か国以上でサッカーの育成者として活動。2011年にはDFBからその仕事ぶりをたたえられ、最初の名誉指導者として表彰された。

負けることの大切さを説く

時代がどんなに変わってもなくしてはならないものがある。クラマーさんは負けることの大切さを説いてきた 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 日本にもクラマーさんへの特別な思い入れと思い出があり、さまざまな影響を得てきた人が数え切れないほどたくさんいることだろう。本来ライターとしても、指導者としても、まだまだ若輩者の自分がこうした場で自分の思いをつづるのもおこがましい話なのかもしれない。それでもこの依頼を受けたのは、僕にとってクラマーさんが本当にかけがえのない存在だからだ。クラマーさん以上に影響を受けた指導者が他にいないからだ。幸運にも2度もクラマーさんにロングインタビューをさせていただき、指導者としてのあり方、そして人生との向き合い方について、深い感銘を受けた。デットマール・クラマーという偉大な指導者にあこがれた一介の指導者の回顧録として読んでいただければ幸いです。

 時代がどんなに変わっても、世界がどんなにグローバル化しても、なくしてはならない大切なものがある。そのことをクラマーさんはいつも教えてくれた。例えば負けることの大切さを説いていた。勝つことは大事だが、負けから学ぶことは非常に多い、と。しかしそのためには、負けから何を学ばなければならないのかを知る必要がある。試合を分析し、できなかったこと、苦手なところを取り出して繰り返し練習する。日本人の練習風景について「フローチャートのようにスケジュール通りの練習」と指摘していたクラマーさんは、できていない練習は必要ならばできるまで徹底的にやり込まなければならないと力を込めて話していた。

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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