J2で特異な存在、東京ヴェルディの挑戦 躍進の理由はチームバランスの妙

海江田哲朗

明確なクラブ指針

今季ここまでチームトップの9得点を挙げている南は、「ここで育った選手はプレーの感覚を共有している」と語る 【写真:アフロスポーツ】

 万物は流転し、絶えず変化する。チームはその最たるもので、変容を前提とし、明確な指針が求められる。東京Vの場合、育成組織をフル活用し、チームを編成することがそれだ。

「ここで育った選手はプレーの感覚を共有している。ボールを持ったとき、味方がどこにいて、どう動くかも分かる」と語るのはチームトップの9点をマークする南秀仁。選手の長所と短所を知るため、不適応のリスクは最小限に抑えられ、やり方次第では数年先を見据えたチームづくりも可能になる。クラブ・ロイヤリティー(忠誠心)の高さはピッチ内外に還元され、地元出身選手の多さは地域の支援獲得につながるなどメリットは多い。

 本来、経営の安定度を高めつつ、じっくりチーム力を蓄え、上を目指す小規模のクラブに適した手法だ。では、なぜ東京VがJ2で特異な存在なのか。答えは簡単。サイクルを生み出すまで、途方もない時間と費用がかかるからだ。実行すれば確実に結果がついてくるならいいが、それも約束してくれない。

 経営と現場のトップは在任中に結果を求められる。5年、10年先など悠長なことは言っていられない。現時点でベストの成果を残すために、手っ取り早い選手補強に資金を投下する。これも考え方としてはまっとうであり、そうなるのが自然だ。

 選手育成の現場は、個人の仕事では完結しない。指導者は選手を一定期間預かり、また次の指導者へと受け渡していく。そのとき自分の持てる力を注ぎ、「あとに続くものを信じて走れ」の精神でなければやっていられない仕事だ。よって、育成の指導者は指導理論の自負は別にして、成果については総じてつつましい態度を取る。

昇格争いの鍵はセットプレー

 不思議なことに、この自己犠牲の精神は今季の東京Vの戦い方にも見て取れる。第28節の横浜FC戦、大量6点を奪って勝利(6−1)したゲームは圧巻だった。開始から2トップの杉本竜士、高木大輔が猛烈なプレッシングを仕掛け、中盤もそれに応えて相手のパスコースを次々に封鎖していく。苦しまぎれに蹴られたロングボールを最終ラインが力強く跳ね返し、セカンドボールをやすやすと拾って東京Vの攻撃が再開された。

 そこに信頼関係がなければ、あんな無茶な追い方をできるはずがないのだ。あっさりパスを通されてしまえばすべて徒労に終わる。「竜士くんが口火を切って走り、自分も付いていく。後ろの選手たちは『お前らの動きに合わせるから、好きなだけ走れ』と言ってくれるのでやり易いです」と高木大は語った。

 さて、第30節の愛媛FC戦、東京Vは0−1で敗れ、3度目の連敗。4位に後退した。ボールポゼッションでは上回りながら、先手を奪われ、守りを固める相手を最後まで崩せなかった。今季の典型的な負けパターンである。「打開策のひとつはセットプレー。そこで得点できるようになれば展開はずっとラクになる」と中後は話した。トレーニングの成果がなかなか表れてこないのが苦しいところだ。ここを乗り越えなければ、昇格争いから引きずり下ろされる。

 また、「あとに続くものを信じて走れ」の思いは、スタジアムの来場者をひとりでも増やそうと躍起になっているクラブスタッフや個人のサポーターも同じではないだろうか。この言葉は『蟹工船』『党生活者』などの作品で知られるプロレタリア作家の小林多喜二が残したものである。多喜二らの道は、巨大な権力に抗い、生き死にを賭した、血塗られた道だった(多喜二は拷問死という壮絶な最期を遂げている)。一方のこちらは苦もあれど、日常に起伏をつくる楽しい道だ。あとに続かない方がどうかしている。

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著者プロフィール

1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディを中心に、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『週刊サッカーダイジェスト』『サッカー批評』『Soccer KOZO』のほか、東京ローカルのサッカー情報を伝える『東京偉蹴』など。著書に、東京ヴェルディの育成組織にフォーカスしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)がある。

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