花咲徳栄が15日に行った“授業”の意味=漫画『クロカン』で学ぶ高校野球(10)
感謝の気持ちがツキを呼ぶ
『クロカン』第2巻10話「グラウンドの神様」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】
『クロカン』第2巻11話「黒木の失望」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】
『クロカン』第2巻11話「黒木の失望」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】
「いいか……グラウンドには神様がいる。絶対にスパイクで蹴ったり、ツバを吐いたりするな。必ず天罰が下る。毎日愛情と感謝を込めて整備すれば、苦しい時、ピンチの時、神様は守ってくれる」
練習中、トンネルをした選手がグラブで地面をたたきつけたときにはこう怒鳴りつけた。
「グラブはてめえの体の一部だろうが! グラウンドはみんなの家と一緒だろうが! てめえがヘタクソなくせしやがって八つ当たりすんじゃねえ。グラウンドの神様に謝れ! 土下座して謝れ!」
グラウンドで野球ができること。道具への感謝。どちらも、当たり前ではない。心掛けている者にしか野球の神様は味方しない。そんな選手、チームにツキは巡ってくるわけがないのだ。
今大会、最もツキに恵まれていたのは花咲徳栄高(埼玉)と言っていいだろう。センバツ4強の浦和学院高、1993年夏準優勝の春日部共栄高、08年春準優勝の聖望学園高など、強豪ひしめく埼玉県にあって、今夏は県大会7試合で甲子園出場経験校と一度も当たらなかったのだ。聖望学園を予想していた準決勝は松山高、浦和学院を予想していた決勝は白岡高と、ともに公立校が相手だった。甲子園でも、三沢商高(青森)、鶴岡東高(山形)と実績、知名度で徳栄が優位に立てる相手が続いた。
花咲徳栄が試合前に行った講義
どん底からのスタート。だが、これが転機だった。岩井隆監督は言う。
「あの日から変わった。めちゃくちゃデカい」
昨年のチームは秋に喫煙が発覚して岩井監督が謹慎するなど、心の部分に問題があった。それを指摘されながら、監督が謹慎で不在だった秋の県大会で優勝。大事な部分に気づかないまま迎えた結果が夏の初戦敗退だった。
「そういうことがあると、周りが勝たせてくれなくなるよ。審判もそういうチームを勝たすわけないだろと言ってきた」
相手の名前や戦力を見て野球をやるのではなく、一戦必勝に徹した成果がこの夏の結果に結びついた。
「いつもは甲子園に来ると『思い切ってやれ』と言っていたけど、今回はミーティング、ミーティングで堅く締めた。がっつり練習して、県大会の延長という感じでやりました」
3回戦が黙とうの行われる8月15日の第2試合だったこともあり、宿舎で1時間の“授業”も行った。岩井監督が終戦記念日の意味を講義し、関連する記事を読ませて、作文を書かせた。何のために、試合を止めてまで黙とうをするのか。野球ができるのは当たり前ではない。感謝の気持ちを忘れさせないためだった。
「前回の夏は、智弁和歌山相手にエラーばっかり(11年、1対11で敗退)。点差が離れてからは選手が言うことを聞かなくなってしまった。思い切りやるという意味を間違えると困る。打たれて笑っているのはおかしい。思い切ってやるのは、本気で出し切るということ」
自分たちの能力におごらず、謙虚に戦った結果が夏では初めてとなる甲子園ベスト8。準々決勝で優勝候補の東海大相模高(神奈川)を慌てさせることにつながった。
敗れた東海大相模戦。得点したイニングには相手の失策、イレギュラーしての二塁打、投手の暴投が絡んでいる。挑戦者らしく、盗塁、エンドランで積極的に攻めたことも功を奏した。最後は不運なボーク判定で追いつかれたが、おごらず謙虚に戦った姿勢がツキをもたらし、好試合を演出した。
運、不運は偶然ではない。必然。呼び込むもの。ツキは準備している人にしかやってこない。