中田浩・柳沢・新井場が歩む新たな道 スターたちが彩った華やかな合同引退試合

元川悦子

地方クラブを運営する新井場

新井場は今年から出身地・枚方にホームを置く関西リーグ1部・FCティアモ枚方の代表に就任。スポンサー集めなどに取り組んでいる 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 試合後のセレモニーではそれぞれがあいさつ。まず新井場は、公私ともに親交の深かった大岩剛から「どこへ行ってもこれだけ愛されるのはイバちゃんのキャラクター。人を惹きつける魅力を持っている」と賞賛された。彼はガンバ大阪でユースを含めて10年、鹿島で9年、セレッソ大阪で2年過ごしたが、どこでも確固たる存在感を示していた。この日の凄まじいタッチライン際のアップダウンを見ても、まだ現役でやれたはずだが、本人はいち早く、次の人生をスタートさせている。

 その一歩として、新井場は今年から出身地・大阪府枚方(ひらかた)市にホームを置く関西リーグ1部・FCティアモ枚方の代表に就任。スポンサー集めなどに精力的に取り組んでいる。地元の小クラブを地道に育てていくというのは、日本サッカー界への恩返しにつながるはずだ。攻撃的サイドバックとしてインパクトを残してきた男の果敢な挑戦の行方が楽しみだ。

クラブを支えつつ経営を学ぶ中田

中田浩二は将来のJリーグチェアマンを目指して、経営を学ぶという 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 中田は先輩・名良橋から「浩二には鹿島以外のユニホームは似合わないと思った。現役の選手たちも背中を見続けているから、常勝軍団復活のためにチームを引っ張ってほしい」と激励の言葉を贈られた。

 彼は今年から鹿島CRO(クラブ・リレーションズ・オフィサー)に就任し、身近なところからクラブを支える側に回っている。同期の小笠原は「改めて浩二たちと一緒にプレーして、アントラーズは優勝しないといけないチームだと再認識した。そういう意味で今季第1ステージの結果(8位)は恥ずかしい。今のチームは彼らの全盛期のようにサッカーがまだ分かっていない」と鹿島の現状に苦言を呈していたが、苦しむ仲間たちを陰から支えるのが中田の重要な仕事である。

 加えて、彼はJリーグが今季から立命館大学と共同で立ち上げた「JHC教育・研修コース」の受講生となり、将来のJリーグチェアマンを目指して、経営を学ぶという。

「ヨーロッパには(ミシェル・)プラティニや(フランツ・)ベッケンバウアーみたいに選手から経営者に転身した人もいる。自分が経験したものを現場だけでなく、事業・経営という立場から役立てていけるようにしたい」と本人も意気込みを新たにしていた。

指導者としての道を歩む柳沢

鹿島でコーチを務める柳沢。鋭い感性を持つ点取屋を育てることができるか 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 そして、柳沢は尊敬する中山から「右足、左足、ヘディング。パスも出せてドリブルもできる。全てがパーフェクトな選手だった。僕は強い刺激を受けて、常にあなたを見てきました」と最大級の賛辞を贈られた。中山は06年ドイツワールドカップ・クロアチア戦でのシュートミスにもあえて触れ「あのアウトサイド、分かります。01年イタリア戦でのアウトサイドの強烈なシュートがあったから、あそこでアウトサイドで行ったのかなと。アウトで狙うことが、ヤナギにとっては正確にゴールを捉えることになるのかと。その選択は間違っていなかった。ただ、技術が未熟だった。そう思ったからこそ、(彼は現役を)長くやれたんだと思います」とFWらしい洞察力で後輩をフォローした。

「今までは周りから気を使われている感覚だったけれど、これでまた1つステップを上がれる」と柳沢もスッキリした表情を見せたが、自身の苦い過去を指導の糧にしていくことが今の彼には重要だ。「ヤナギさんみたいに動き出しが速く、回数の多いFWは今まで見たことがない。その鋭い感覚を人に伝えるのは難しいと思うけど、頑張ってほしい」と中村もエールを送っていたが、柳沢コーチには鋭い感性を持った点取屋をぜひとも育ててほしいものだ。

三者三様の形で日本サッカー界に貢献

目指す方向は異なるものの、3人はそれぞれの形で日本サッカー界を支えていく 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 Jリーグ入りを目指す地域の小クラブ運営、Jリーグ全体の経営を考えられる人材、指導者と新井場、中田、柳沢の目指す方向はそれぞれ異なる。しかし、彼らが鹿島、そして日本サッカー界に尽力し、支え続けていく事実は変わらない。

 特に小笠原が強調した通り、常勝軍団復活は彼らにとっても至上命題。今季第1ステージの結果はOB3人にとっても納得がいかないはずだ。現役の昌子源も「自分たちがしっかりやらなければいけないとこの引退試合を見て痛感させられました」と自戒の念を込めて語っていた。この1日が新世代の鹿島にとっての大きなターニングポイントになるのか否か。それを彼らも注視し続けていくに違いない。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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