ビダルのスキャンダルを乗り越えたチリ ボリビアに大勝し、首位でグループ突破

中田徹

試合翌日に起こったスキャンダル

交通事故を起こしたビダルだが、この日は先発出場。観客からも温かな拍手が送られた 【写真:ロイター/アフロ】

 チリが現地時間19日、ボリビアを5−0で下し、もくろみ通りコパ・アメリカのグループAを首位で突破した。試合後はロッカールームまでミシェル・バチェレ大統領が祝福に訪れ、交通事故スキャンダルの渦中にいるアルトゥロ・ビダルとも記念撮影をした。

 チリにとってボリビア戦は、プレッシャーからの解放劇だった。4日前のメキシコ戦は3−3の引き分けに終わったが、この試合をスペクタクルな試合としてたたえていいのか、それとも勝つべき相手に取りこぼしたことを憂いていいのか、分からないまま4万5000人の観衆は試合後に静まり返っていた。その翌日、ビダルがスキャンダルを起こした。

 16日、午後から23時まで選手たちにオフが与えられた。22時頃、ビダルはカジノからの帰り道、前方のシェボレー・ソニックHB202を追い越そうとした。しかし、愛車フェラーリ485のハンドル操作を誤って接触。両車ともコントロールを失い、ビダルのフェラーリは砂利の側道に乗り上げ、衝突現場から70メートル先で止まった。ビダルの車は左前方部が完全に大破。これで本人は首の軽い打撲、同乗した妻が腕の脱臼で済んだのだから奇跡だった。

 17日、記者会見でビダルは「すべて自分の過ちだ」と涙を流し、チームメートと国民に謝罪したが、モラルに反したその行為に当然のことながら大きな批判が起こった。それでも、ホルヘ・サンパオリ監督はビダルをチームから追放しなかった。

ビダルは可もなく不可もない出来

サンチェス(赤)のゴールなどでボリビアを5−0と粉砕。チリはグループ首位で決勝トーナメント進出を決めた 【写真:ロイター/アフロ】

 開幕のエクアドル戦(2対0でチリの勝利)から続くチームの機能不全、メキシコ戦の勝ち点取りこぼしというピッチの上の出来事に加え、ビダルの交通事故というピッチ外のスキャンダルが加わり、チリに対するプレッシャーは増すばかりだった。

 しかし、ナショナルスアジアムまで足を運ぶファンは温かかった。結局、ボリビア戦でビダルが先発することになっても、非難の口笛は聞こえなかった。今回の件で「チームが2つに分かれた」といううわさも飛び交っていたが、むしろ一つにまとまったかのようなハーモニーがチリに戻った。3分にはガリー・メデルのロングフィードをエドゥアルド・バルガスがきれいに落とし、チャールズ・アランギスが先制ゴールを蹴り込むと、チリが今大会好調だったボリビアを完全に凌駕した。37分にはエースのアレクシス・サンチェスが待望の初ゴールを奪い、2−0で前半を終えた。やっと、チリがワールドカップのレベルまで戻った前半の45分間だった。

 ここ2試合、3バックで試合を開始していたチリだったが、ボリビア戦ではメキシコ戦の後半に引き続き4バックでスタートした。試合が始まれば、チリは最終ラインだけでも3バック(本来のDF3人、もしくはDF2人+MF1人)、2バックなど、どんどんシステムを変更していく。2トップ(サンチェス、バルガス)1シャドーの前線もホルヘ・バルディビアが“偽のストライカー”となって3トップになったり、サンチェスがMFに加わったりして、非常にシステムが流動的だ。それでも“その日の基本形”というものはあるもの。これまでの試合では左サイドが攻守に安定しなかったこと、4バックで臨んだメキシコ戦の後半がまずまずだったことから、MFジャン・ボセジュールを左サイドバックのポジションに置き、ボリビア戦は4バックにした。このシステムが今大会のチリの基本形になっていくかもしれない。

 バルディビアの復活も、チームにポジティブな化学反応を生んだ。今年に入ってからけがの影響もあってパルメイラスでの出場機会をなくしていたバルディビアは、コパ・アメリカが始まってもコンディション不良に悩まされており、初戦のエクアドル戦ではガス切れを起こしていた。2戦目のメキシコ戦でサンパオリ監督は我慢してバルディビアを最後まで使い続け、やっとボリビア戦で90分間ゲームに関与し続けるところまでレベルが戻った。しかし、体とプレーのキレが戻ると、今度は敵のファウルに遭う。前半終わり頃、バルディビアは相手のチャージで右足を痛めていたが、何とか我慢しながらクロスを上げてサンチェスのゴールをアシストした。

 ビダルは可もなく不可もなくといった出来の45分間だったか。サンパオリ監督は後半からビダルとサンチェスを温存したが、代わりに入ったマティアス・フェルナンデスとアンゲロ・エンリケスが独自のテンポでチームを活性化させた。

サンティアゴの夜空に響いた凱歌

 80分を回って試合は4−0となっていた。突然、観衆がチリ国歌を歌い始めた。オバールのように広がる観客席だが、アカペラで一糸乱れず4万5000人の観客が合唱する。そのハーモニーにチリのパス回しが見事に呼応する。この合唱とパスワークを指揮するのは果たしてバルディビアか、マルセロ・ディアスか、それとも途中から入ったダビド・ピサロか。歌の終わりになって、突然、合唱は歓喜へと変わった。エンリケスのクロスをボリビアのDFが自陣ゴールに入れてしまったのである。あっけないオウンゴールで5−0。メキシコ戦の静まりがうそのようにサンティアゴの夜空に凱歌が響いた。そして試合を終えて引き上げるビダルに温かな拍手が送られた。照れたように観客席に手を振りながらビダルはピッチを去っていった。
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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