5戦目で世界挑戦の“新星”田中恒成の夢

船橋真二郎

アマ時代の世界経験でスタイル変更

畑中ジムに飾られている世界王座最速記録 【船橋真二郎】

 岐阜・中京高校時代は国体2度、インターハイ、選抜1度ずつの合計4冠を達成した田中だが、アマチュア時代を知る旧知の専門誌記者によれば、今とはスタイルがまったく違っていたのだという。当時はとにかく攻撃的。開始から攻めて、攻めまくる、どこまでもアグレッシブなファイトが印象的で、プロで冷静に展開を見極めながら試合を進める姿に驚いていた。だが、田中はプロの戦いに適応するためにスタイルを変えたわけではなかった。

「高校時代は自分が前に前に出るボクシングで、国内ではパワーに頼るところがありました。でも、海外には体験したことがないくらいのパワーがある選手とか、本当にいろいろなボクサーがいて。今までは前に出れるから出てただけなんだと痛感した。ボクシングの幅をもっと広げなきゃいけないと」
 海外とは高校2年のときに出場した国際大会。ベスト8に進んだ世界ユース選手権(アルメニア)、準優勝したアジアユース選手権(フィリピン)のこと。胸を張ってもいい結果を残した中で「今までは前に出れるから出てただけ」と自戒する17歳の感性が素晴らしい。

高校時代のライバルは井上拓真

田中を期待し、信頼するからこそ畑中会長も過去4戦、勝負師のようなマッチメークを組んできた 【船橋真二郎】

 思えば、この若者に早い段階からレベルの高い勝負の場が与えられたことは何よりの僥倖(ぎょうこう)だったのかもしれない。小学5年の終わりごろから極真空手と並行して始めたボクシングに15歳以下の『U−15ボクシング全国大会』が整備されるのは、田中が中学1年になる08年のこと。予選を勝ち抜き、中部地区の代表として、後楽園ホールで開かれる決勝大会に第1回大会から3年続けて出場。初優勝は中学3年のときだった。ここにも実戦を通して成長していく姿が想像されるのだ。

 高校時代は格好のライバルがいた。井上尚弥の弟・拓真(大橋)とは同い年で、対戦成績は田中の3勝2敗。拓真は現在、田中と同じ4戦のプロキャリアで世界ランカー。7月には東洋太平洋スーパーフライ級王座決定戦を控える。拓真との熾烈なタイトル争いの末の4冠には、数字だけでは表しきれない価値があったと言えよう。

圧勝だったプロ初戦の世界ランカー戦

世界戦前の練習が一番伸びるとはよく言われることだが、田中の“成長力”を思えば期待は大きく膨らむ 【船橋真二郎】

「大きな舞台で力を出せるメンタルをしっかりと作っていきたい」
 この3月の世界戦発表会見で残したコメントは、これまでの4戦に臨む姿勢と変わらない。田中が「自分にとって一番大きかった」と振り返るのは13年11月のデビュー戦。小さなグローブ、ヘッドギアを着用しない未体験のプロのリングに、つい3カ月前までインターハイに出場していた高校3年生が迎えたのはWBO世界ミニマム級6位にランクされる現役の世界ランカー。加えて、試合前から腰の状態が思わしくなく、思うように練習ができない最悪のコンディションだった。

「それでも強い相手に向かっていくという状況で、いかに自分が勝てるという方向に頭を変えていけるか。その作業が一番難しかった」
 本番では初回から鮮やかなダウンを奪い、不安をみじんも感じさせない圧巻の内容で判定勝ち。計り知れない重圧を乗り越えた先の勝利を「プロボクサーになった実感があった」と振り返る。以来、田中に期待し、信頼するからこその畑中会長の勝負師のようなマッチメークに懸命に応えてきた。

世界戦を前に期待膨らむ“成長力”

田中の目標は記録でもなく、世界王者でもなく、「日本で一番応援されるボクサー」 【船橋真二郎】

「デビューから4戦だけだけど、濃い相手と、濃い内容で、濃い経験を積んできた。自分では、ちょうどいいタイミングだと思う」
 力強い言葉を聞いたのは4月20日に行われた公開練習のとき。本番までのさらに1カ月で、言葉どおりのメンタルにしっかり仕上げてくることだろう。世界戦前の練習が一番伸びるとは、よく言われること。田中の“成長力”を思えば、期待は大きく膨らむ。

 中部地区では世界戦の開催すらも05年6月以来、10年ぶり。その舞台に立ったのが、田中が高校から本格的に指導を仰いだ恩師の石原英康監督だったというのも運命的。デビュー以来、口にしてきた目標は、記録でもなく、世界王者でもなく、「日本で一番応援されるボクサー」。15年5月30日、3戦目から使用している入場曲、クイーンの『I was born to love you』に乗って、期待を一身に集める“中部の新星”が檜舞台に躍り出る。

2/2ページ

著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント