中嶋一貴の事故に考えるレース車の安全 赤井邦彦の「エフワン見聞録」第42回

赤井邦彦/AUTOSPORTweb

安全性が高まる、昨今のレーシングカー

病院で療養中の中嶋一貴。傷めた背中を動かすことはできないが、体調はいたって良好だという 【赤井邦彦】

 レースの事故を考えてみたい。

 先日行われたWEC(世界耐久選手権)第2戦スパ6時間レースの練習走行中に、中嶋一貴のTS040 HYBRIDがアウディe-tron quattroに追突した。中嶋は脊椎に損傷を受けて入院、しばらくはレースから遠ざかることになった。彼は今年WEC全戦に参戦する予定だったし、昨年落としたル・マン24時間レース(6月13〜14日)の雪辱も果たしたかったはずで、残念としか言いようがない。

 ただ、中嶋の事故を見ても分かるが、最近のレーシングカーは本当にドライバーの安全を第一に考えられて設計・開発がなされていることを実感した。一昨年のル・マンにおけるアンソニー・デイビッドソンの事故、昨年のル・マンのロイック・デュバルの事故、そしてスパの中嶋の事故を検証しても、いずれもドライバーの命が脅かされることはなかった。最も酷かったデュバルの事故でも、彼はほとんど無傷で壊れたクルマから助け出された。

 彼らの無事を奇跡的だという声が上がるのを私は知っているが、それは奇跡的でもなく、偶然でもない。しかるべく仕組みができているから、ドライバーは大事故から無事に生還できる。FIA(国際自動車連盟)が定める、非常に厳しい安全規格に沿ったクルマ作りがなされていることはもちろん、開発するマニュファクチャラーも最大限の安全性を確保できる設計をする。WECを走るLMP1は、F1に比べて若干重量は重いが、馬力は2倍近くある。ゆえに、ひとたび事故が起きればその衝撃は非常に大きい。フォーミュラカーと違って屋根付きの運転席に守られているとはいえ、違ったリスクもある。

避けられなかった事故

 ただ、頑丈なクルマは搭乗者(ドライバー)に優しいかと言えばそうとも限らない。クルマ自体に大きな損傷がない時でも、ドライバーに影響が出る場合もある。デイビッドソンと中嶋の場合がそうだ。彼らは衝突したときにクルマの中で大きな衝撃を受けた。固い頭蓋骨は壊れなくても中の脳味噌に損傷が起こる状態と同じだ。

 中嶋の事故の原因は、彼がアウディ8号車と争っている時、ピットから出てきたアウディ7号車がすぐ前を走っていたことだ。7号車はまだ十分な加速ができていなかった。中嶋は8号車(あるいは他のクルマ)が上げた水しぶきで瞬間的に視界をふさがれ、視界が戻った時に目の前にアウディ7号車がいたのだ。なすすべもなく追突。両車のスピード差は約80キロと言われるが、クルマの損傷具合から、それより大きかったと思われる。中嶋のクルマはフロントサスペンションを壊し、モノコックにも損傷を負った。

 その時、中嶋は運転席でどのような状態だったのか? 彼は腕を突っ張る時間もなくアウディに追突した衝撃を受けて、身体が前方に持っていかれた。6点式シートベルトのおかげで腰回りは固定されたままに加え、肩はシートベルトの取り付け部分に近いために固定されていた。前方に持っていかれたのは身体の胸から下腹部にかけてだった。この部分のシートベルトは、どんなにきつく締めていても衝撃で少しは伸びる。その結果、中嶋の身体は逆海老反りのような状態になり、その瞬間脊椎にかかった強烈な力で一部が損傷を受けたのだ。

「痛っ、て思いましたね。背中が。背骨の辺りだったので、もしかしたら神経がやられているかもしれないと思ってすぐに足の先を動かしてみました。普通通りに動いたので、神経は無事だと思って一安心しました」と、ベルギーの病院に入院した中嶋は語る。

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著者プロフィール

赤井邦彦:世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。

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