粟生にラスベガスの悪夢…初のKO敗=日本人史上3人目の3階級制覇ならず

杉浦大介

ダウン後は「覚えていない」

3階級制覇のかかったWBO世界ライト級王座決定戦でキャリア初のKO負けを喫した粟生 【Photo:ロイター/アフロ】

 第2ラウンドも約45秒が経過したところで、レイムンド・ベルトラン(メキシコ)がオーバーハンド・ライトを一閃――。事実上はこの一発で、粟生隆寛(帝拳)の日本人史上3人目3階級制覇の夢は潰えた。

 現地時間5月1日に米国ラスベガスのコズモポリタン・カジノで行なわれたWBO世界ライト級王座決定戦で、同級1位の粟生は同級4位のベルトランに2ラウンド1分29秒でTKO負け。第1ラウンドも残り1分を切ったあたりからベルトランの左右が粟生を捉え始め、前述通り、第2ラウンドに痛烈なダウンを喫する。その後に33歳のメキシコ人が左フックを中心に連打をまとめると、レフェリーがたまらず試合をストップした。

「(ダウンとその後は)覚えてないですね。初めてなんで。(第1ラウンドから)相手も結構ガンガン、いけいけな感じで来ていたんで、付き合っちゃったという感じです」
 試合後の粟生はまだ少し朦朧とした感じで、自身初めてのKO負けを振り返った。KOだけでなく、スリップ気味ではないダメージを受けてのノックダウンもこれがキャリア初めてだったという。

テレビ新シリーズのメインイベント

トップランク社がtruTVと組んで開始する新シリーズ、その第1回メインイベントという大役だった粟生。ここで好ファイトを見せれば米国進出への足掛かりとなる重要な一戦だったが… 【Photo:ロイター/アフロ】

 このタイトル戦は粟生にとってアメリカでもスターダムに躍り出る絶好のチャンスのはずだった。全世界注目のフロイド・メイウェザー(アメリカ)対マニー・パッキャオ(フィリピン)戦の前日興行。しかもトップランク社がtruTVと組んで開始する新シリーズ、その第1回メインイベントという大役だった。

 アメリカのマーケットにおいて、全米で約9000万世帯が視聴可能なベーシックケーブル局で試合をする意味は、王座乱発ゆえに意義が薄れかかっている“3階級制覇”という勲章よりも大きい。特にtruTVはメガケーブル局HBOと同じくタイムワーナー傘下だけに、好ファイトを見せればHBOの目にも止まる。

 対するベルトランはパッキャオのスパーリングパートナーとして名を売り、昨年11月にはスター候補のテレンス・クロフォード(アメリカ)とも拳を交えた実力派。決してスターではないが、いわば世界戦線の“門番”的な存在である。このベテランを明白に破れば、粟生も少なからず注目されることは間違いなかった。

今後は「まったく考えられない」

「相手も結構ガンガン来ていたんで、付き合っちゃったという感じです」と敗因を振り返った粟生 【Photo:ロイター/アフロ】

「(ラスベガスのメインイベントに)恥じない内容の試合をしたいと思います」と決意を述べていた31歳のスピードスターも、このファイトの重要性に気付いていないはずがなかった。しかし……。

 第1ラウンド開始直後の粟生はスピードもあり、好調を感じさせた。そうであるがゆえに、以降はいいところないまま完敗した現実は余計に重い。メインでこの負け方をしてしまえば、近い将来に再びアメリカのテレビ興行の主役になる可能性は低いだろう。
「いや、今はまったく考えられない状態です……」

 試合後、将来について聴かれた粟生はそう口を濁した。約3年ぶり、“最後のつもり”という意気込みで臨んだ世界戦での悪夢の結末。ロッカールーム前で静かに言葉を選ぶ姿からは、そのショックと悔恨ばかりが滲んだ。

残念だった対戦相手の計量オーバー

好調さを感じさせた粟生だったが、計量オーバーのベルトランが振り回すフックの餌食となった 【Photo:ロイター/アフロ】

 最後になるが、1つ残念だったことも記しておきたい。この注目の一戦を前に、相手のベルトランが計量をパスできなかったことである。4月30日の計量では粟生が134.8パウンドで一発OKだったのに対し、ベルトランは1度目がライト級リミットを1パウンドオーバーの136パウンド、2度目も135.4パウンドで失敗。今回の試合は粟生が勝ったときのみ新王者となり、ベルトランが勝てば王座は空位となる変則タイトル戦に変更になった。

「ベルトランは粟生よりもかなり大きく見える。ベルトランが規定体重を作らなかったのだから、それは当然なのだが」
 粟生対ベルトラン戦が始まった直後から、ベテラン記者のスティーブ・キム氏がそうツイートしていた。リングサイドでファイトを観た筆者も同意見で、正直な話、2人は同じ階級のボクサーには見えなかった。

「パワーは、そうですね、ありました」
 試合後の粟生はウェイトに関する言い訳は一切しなかったが、それでもベルトランが過去に対戦したボクサーたちよりもパワフルだったことを認めている。

後味の悪さを禁じ得なかった一戦

 タイトルの価値が下がる一方の昨今、確信犯的にオーバーウェイトの身体でファイトに臨む選手をちらほら目にする。王座獲得のチャンスを失い、例え罰金を科されても、テレビ興行で元気な姿を見せれば将来のビッグマネーにつながる。無理に体重を落としてタイトル戦にこだわるよりも、そちらの方が長い目ではベターという価値判断だろう。

 ベルトランが計量に失敗した詳しい事情は現時点で定かではない。もともと総合力ではこのメキシコ人が上と見られていただけに、粟生戦の勝因をそこにだけ見出すつもりもない。ただ、世界王座の形骸化が進む一途の今、計量失敗したボクサーへの厳罰は絶対に必要だろう。

 一回り大きな身体で強烈なフックを振り廻し、KO勝利後に悪びれず笑顔を見せるベルトランの姿に、後味の悪さを禁じ得なかった。同じことを感じたのは、決して筆者だけではなかったはずである。
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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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