引かれ合うイングランドとスアレス 変わらぬ注目を集める「真っ直ぐ」な男
凱旋を果たしたシティ戦で2ゴール
優勝候補の一角を相手に、シティが奪われた重いアウェーゴール2点は、いずれもルイス・スアレスの得点だった。イングランドのメディアは、オランダでの噛み付き行為に対する出場停止処分中にリバプール入りし、“サッカーの母国”のピッチでも同じ行為に走って制裁を受け、3度目の過ちを犯した昨夏のワールドカップ(W杯)ブラジル大会を経てスペインへと去ったスアレスが得点者だったが故に、この表現を用いている。
イングランドでの3年半でメディアに辟易(へきえき)していた当人が目にしていれば、間違いなく顔をしかめたはずだ。スアレスは自伝『理由』の中で、メディアの扇動(せんどう)による要らぬ注目と非難を浴びる「息が詰まりそうな環境から抜け出したかった」のだと述べている。昨年末に英語版の原書が英国で出版された際には、販促の一環であるはずの記事を書くために、バルセロナの練習場を訪ねた『ガーディアン』紙の記者が、途中で一方的に取材を打ち切られてもいる。原因は、噛み付き行為に関する質問が続いたこと。バルセロナが再びシティに勝利(1−0)した去る3月18日のCLの第2レグ前には、「こっちはうんざりしているのに、イングランドのマスコミは未だに俺を恋しがっているようだ」という本人のコメントも飛び出した。
実際、メディアを含むイングランド人はスアレスを忘れられずにいる。注目度の高さは、リバプールを去って8カ月が過ぎた現在でも相変わらず。英語版の自伝にしても、『アマゾンUK』上のサッカー関連自伝本カテゴリーで、元マンチェスター・ユナイテッドの人気者リオ・ファーディナンドの著書を凌ぐ25位にランクインしている(本稿執筆時点)。
スアレスの持つ“フォア・ザ・チーム”の精神
それが彼の人となりだとも言える。ソフィ夫人は、スアレスが15歳の少年だった当時からの唯一無二のパートナー。若くして祖国ウルグアイを離れ、オランダとイングランドを経て、昨夏ついに実現したスペイン行きは、自身のユース時代に最愛の人が移住した地に少しでも近付きたいという一心で辿ったキャリアだと言ってもよい。数あるスター選手による著書の中でも、第1章が「ラブストーリー」という自伝は珍しい。
そして、何事にも一直線な選手だからこそ、熱く激しいサッカーを好むイングランドの人々を引き付ける。バルセロナの一員としてイングランド凱旋を果たしたザ・シティ・オブ・マンチェスター・スタジアムでは、シティ・ファンによるブーイングの標的となっていたが、これは「嫌な相手」として実力を認められていることの裏返しでもある。リバプールの元FWは、最後の最後まで相手ゴールを目指し続ける意欲が味方に勇気を与え、敵に恐れられた。バルセロナの新FWとしてシティと戦った2試合でも、「スアレスらしい」勝利への意欲溢れるプレーとして、自らの得点がなかった第2レグでさえイングランド記者陣に評価された。
しかも、その意欲は攻守が入れ替わった際のボール奪取としても表れる。スアレスは、チームの勝利のために相手ボール時にも敵に迫り続けるのだ。「試合終了間際に、敵のスローインを阻止するためにだって必死になる」と発言できるストライカーはめったにいない。自伝を読めば、問題の噛み付き行為も、勝利のために自分が何とかしなければという意識とそれに伴うプレッシャーが、自身の中で許容量を超えて噴出した結果なのだと理解できる 。チームのために身を粉にする“フォア・ザ・チーム”の精神は、フェアプレーの精神と並んでイングランド人がピッチ上に求める2大要素だ。