引かれ合うイングランドとスアレス 変わらぬ注目を集める「真っ直ぐ」な男

山中忍

肌に合うプレミアリーグのスタイル

スアレス個人としてはスペインが最適なのかもしれないが、ピッチ上ではイングランドが肌に合うようだ 【写真:ロイター/アフロ】

 スアレス自身も、イングランドのサッカー界そのものに愛想を尽かしているわけではない。プレミアリーグのスタイルは元より、ダイブ(シュミレーション)の判定を巡ってもめたこともあるイングランド人審判員も「好みだ」と述べている。

 イングランドのピッチが肌に合っている様子は、ザ・シティ・オブ・マンチェスター・スタジアムで行われたCLでも垣間見ることができた。前半13分にゴール前に抜けた場面でアシストを試みて失敗した姿は、移籍後に本領を発揮できずにいたバルセロナでのスアレスそのもの。しかし、その3分後には目を覚ましたかのごとくルーズボールを迷わず左足で蹴り込んで先制ゴールを決めている。前半30分にも、クロスに滑り込んで合わせてネットを揺らした。ゴールへの本能に導かれるように連続ゴールを決める姿は、リバプールでの最終シーズンとなった昨季、リーグ戦33試合出場で31得点を記録し、イングランドのPFA(プロ選手協会)とFWA(記者協会)の双方から年間最優秀選手に選ばれたスアレスそのものだった。

 一個人としては、スペインでの日々が最適なのかもしれない。ピッチ外では愛妻の実家があり、サポートが充実した環境で私生活も安心。ピッチ上では、リオネル・メッシやネイマールらのサポートに回ることも多い環境だけに、勝利への責任を過度に意識せずに済む。リバプールでは経験できなかったCLでも無難にベスト8入りを果たしている。

 だが一選手としての適地は、やはりプレミアのあるイングランドなのではないだろうか? スアレスの「帰還」先としては、今冬にうわさのあった古巣リバプール、アーセナル、マンチェスター・ユナイテッドの他、CLで引導を渡したシティも候補に挙げられている。いずれのチームでも、獲得が実現すればスアレスを中心としたチーム作りが行われるに違いない。

 スアレスには、「人生の目的地」だったバルセロナに辿り着くだけの資格があったが、「サッカー人生の目的地」であるはずの「ワールドクラスのストライカー」として、チームで最も強烈に輝くだけの資格も十分にある。「噛み付き魔」とまで言われた表面的なイメージの奥をのぞこうとすれば、30メートル超のボレー、ペナルティーエリア外からのヘディング、力強い中央突破、泥臭い押し込み、カーブも絶妙なFKなど、リバプール時代に目にした多種多様な名ゴールシーンが目に浮かぶイングランド在住者は、筆者だけではないだろう。

いがみ合っているようで……

いがみ合っているようで、実は引かれ合っているイングランドとスアレス。自伝の最終章は「我がイングランド」となっている 【写真:Action Images/アフロ】

 そのスアレスが自らの言葉でつづる『理由』は、昨夏のW杯対決を軸にした「我がイングランド」が最終章になっている。並の選手であれば先発など不可能だったと思われるコンディションにもかかわらず、スアレスがウルグアイを勝利に導く2ゴールを決めた試合は、やはりイングランドのメディアが「噛み付かれた」と報じた一戦だ(2―1でウルグアイが勝利)。

 ただし、この表現は、当時も今回もスアレスへの敵対心や偏見が言わせたものなどではあり得ない。その証拠に、シティ敗退で今季CLでのプレミア勢の総倒れも決まったバルセロナとの第2レグ翌日には、自身のシュートがセーブされた直後にGKジョー・ハートをたたえ、試合が終わると真っ先にハートに握手を求めたスアレスの潔い姿がマッチレポートや写真で伝えられている。

 いがみ合っているようで、実は引かれ合っているイングランドとスアレス。自伝の最終章には、きっと続きが書き込まれる時が訪れる。プレミアの国に住む者の1人として、そう願わずにはいられない。

書籍紹介『ルイス・スアレス自伝 理由』

『ルイス・スアレス自伝 理由』 【ソル・メディア】

著者:ルイス・スアレス
訳者:山中 忍

“噛み付きは無害に近い行為なんだ”

 価値観のズレ? いやいや理解できる。彼が一線を越えるのには理由がある。

 アヤックスやリバプール、ウルグアイ代表で活躍し、現在は強豪バルセロナに所属するルイス・スアレス。もはや誰もが認めるワールドクラスのスター選手が、なぜ地位や名誉を傷つけるだけの「噛み付き」を繰り返してしまうのか――。三度の噛み付き、ハンド、ダイブ、人種差別発言……数々の騒動について赤裸々に語った初の自伝。昨年末に英国で出版された話題作が早くも日本上陸! 翻訳は、英国在住20年を超える山中忍が担当。

一部を立ち読みできる特設サイトはこちら
http://www.footballista.jp/suarez_autobiography

<目次>
はじめに――噛み付きの理由
第1章 ラブストーリー――ウルグアイで見つけた愛
第2章 オランダの学校――アヤックスで会得した思考力
第3章 スアレスの手――南アフリカW杯の“セーブ”と南米制覇
第4章 じゃあ7番だ――リバプールの伝統とプレミアの洗礼
第5章 「人種差別者」――エブラとの衝突で負った消えない傷
第6章 ロジャーズの革命――新たな哲学と“SAS”の結成
第7章 あと一歩で――手のひらから滑り落ちたリーグ優勝
第8章 それがアンフィールド――ファンとともに歩んだ忘れがたき旅路
第9章 我がイングランド――第二の故郷を破ったブラジルW杯
おわりに――狭い路地から切り開いた人生

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著者プロフィール

1966年生まれ。青山学院大学卒。西ロンドン在住。94年に日本を離れ、フットボールが日常にある英国での永住を決意。駐在員から、通訳・翻訳家を経て、フリーランス・ライターに。「サッカーの母国」におけるピッチ内外での関心事を、ある時は自分の言葉でつづり、ある時は訳文として伝える。著書に『証―川口能活』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『フットボールのない週末なんて』、『ルイス・スアレス自伝 理由』(ソル・メディア)。「心のクラブ」はチェルシー。

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