鈴木明子「真央、佳菜子と号泣した」 改めて振り返るソチ五輪、引退後の1年

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フィギュアを広めていく活動をしたい

フィギュアでの経験を生かし、今はフィギュアを広めていく活動を行っている 【スポーツナビ】

――ソチ五輪を経験して学んだことは何でしょうか?

 今の自分の状態でベストを尽くそうということを学びましたね。人間誰しも過去の自分を超えようとしていると思うんですね。でも、たとえば10代の頃に跳べていたジャンプを求めようと思っても、年数がたてばそれだけ成長しているはずだし、そうした中で過去のものを追求するというのは成長がないわけです。足が痛くてジャンプが跳べなくても、それ以外の部分で培ってきたものがすごくある。そういうものを出さないというのはダメだなと。今の自分で出せることをやろうというのは、すべての物事に通じると思います。良い意味で現実を知って、自分を受け入れるということを実感しましたね。あきらめるわけではなく、目標を低く設定するわけでもなく、ただ単純に今のベストを尽くそうと。ソチ五輪を経験してそういう気持ちがより強くなりました。

――学んだことは今の生活に生きていますか?

 すごく生きています。競技者ではなくなり、いろいろな社会を経験している状況ですけど、フィギュアで学んだことって多くの場面で生きてくるんですよ。今さまざまな仕事をしていて、大きく見積もって繕っても絶対にボロが出る。だったら今の自分自身でできることを一生懸命やったら伝わるんじゃないかと。社会でも一緒なんだなと思ってやっています。

――昨年3月の世界選手権を最後に現役を引退しました。そのあとすぐにやり始めたことは何ですか?

 引退してからのスケジュールはすべて組み立てていたんですね。引退した次の日の朝から仕事がずっと詰まっていました。世界選手権が終わってから1カ月半は自宅にまったく帰れない生活でしたね。本当は旅行とかしたかったんですけど、今できることがあるなと思ったし、土台を作る時期だったので。ちょっと忙しすぎたのはあるんですけど、これが一生続くわけではないし、今いただける仕事があるのであれば、それをやっていったら可能性がもっと広がるなと。スケート以外は自分でも何ができるか未知数でしたしね。

――具体的にどういう仕事のオファーが来たのですか?

 スケート以外だと野球のゲスト解説とか(笑)。実はその時、野球を初めて生で見たんですけどね。東北楽天のホーム開幕戦でした。あと講演の仕事も増えましたね。今まで滑ってしか表現していなかったことを、今度は言葉で表現しないといけないのですごく難しいです(笑)。でもやっていくと、自分で考えていたことが言葉にするとまとまるんですよ。講演をいろいろなところでやらせてもらっているんですけど、私はいっさい資料を持っていかないんです。

――えっ、何も見ないでずっと話すんですか?

 はい、カンニングペーパーなしです。それで60分ないしは90分を1人で話します。へたくそですけど、大学でやったり企業向けにやったりするので、その時の雰囲気を見て、あふれ出る思いをそのまま話しています(笑)。もちろん一応、言いたいことは考えていきますよ。講演中に最後のほうで「1個伝えたいことを忘れていました」と補足することもあります。自由ですね(笑)。

――しゃべるのは得意なんですか?

 得意じゃないです(笑)。得意じゃないから今いろいろやっていく中でこうしたほうが伝わるかなとか、こういうところで引きつける面白い部分を出したほうが反応が返ってくるなとか、日々学んでいます。テレビの生放送にも出ているんですけど、その中でもすごく磨かれます。私が出ることによってフィギュアのことを取り上げてくれますし、反響もあるらしいんですよ。私がまさにしたいことは、フィギュアをもっといろいろなところで地道に広げていく活動なので、それがちょっとずつできているのがすごくうれしいです。まず興味を持ってもらうということが一番。興味がなくなってしまうとスポーツとしては打撃なので、ずっと興味を持ってもらえるようにと思っています。

五輪は「すごい真っすぐな場所」

五輪は「すごい真っすぐな場所」だと感じる。そこに懸けた競技人生に悔いはない 【写真:アフロスポーツ】

――引退してから生活はどう変わりましたか?

 180度変わりました。今までは練習がメインだったので、練習の時間があってこそ何時に起きて、ご飯を食べて、何時に寝てというふうにしていましたけど、今はまったく関係ないじゃないですか。でも練習はしたい。仕事をしている中でどこかに組み込んでいくしかないので、とにかく東京と名古屋を往復しています。

――練習の頻度は現役時代は毎日だったと思いますが、今はどうですか?

 今はできれば週5、土日以外ですね。リンクに乗れない時は外を走ったりしています。ただ、あまりにも生活のギャップがあります。私はもともと、いろいろなことにすぐ対応できないタイプで、環境の変化とかにも影響されちゃうタイプなんですね。慣れないことは結構あって苦しみましたし、今もまだなんかどういうふうな形が自分にベストなのかを模索しながらやっています。でも、もう焦ってもしょうがないので、徐々に自分のペースを作れればいいかなと思っています。

――もし「競技に復帰したらすぐに五輪に出場できます」と言われたら、もう一度出場したいですか?

 もういいです、私(笑)。即答です。出て良かったとは思いますけど、楽ではなかったから。私の人生ではもう大丈夫です(笑)。

――五輪に出てみて、その魅力はどういうところに感じましたか?

 やはり4年に1回で、アスリートの求める最高の舞台であって、もちろん見ている人の数が普段の試合とは圧倒的に違います。国というものを意識しますしね。でもそれだけ世界中の人を魅了する何かがあるんですよ。「それは何」と一言では言えないんですけど、1人の人間が人生を懸けてそこに向かっている。ドラマの筋書きがあるわけでもなく、適当にやっている選手なんて誰1人いない。その本当にまっすぐな姿勢が人の心を打つんだろうなと思っているんです。

 だからこそ世界中の人たちが見るものなんだなって。そこで勇気をもらったり、夢をもらったり、感動をもらったりする。そしてその応援があるからこそ、アスリートも頑張れるという、なんかすごい真っすぐな場所だなと思います。

 自分が五輪に出てから、開会式でみんなが笑顔で手を振って入場しているのを見ると、どれだけの思いを持って今ここに立っているんだろうと想像しちゃうんですよ。その選手たちのことを細かく知らなくても、それだけみんなが人生を懸けてここにいるんだっていうのがすごい伝わってきて、晴れやかな笑顔を見ちゃうとなんか泣けちゃうんです。

――競技人生に悔いはありませんか?

 ないですね。選手としてはやりきれたし、その時は悔しかったことや悔いが残っていたことも、時間がたって今になると「あのミスがあったから私って現役を続けただろうし」と考えられるし、人生の中で無駄なものなんてなかったなと思っています。

(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)

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