小塚崇彦が演じた華麗なる“復活劇” どん底からの再生、手にした大切な財産
再着火した競技に対する気持ち
SPで6位と出遅れたが、佐藤コーチの“還暦”を伝え聞き気持ちを切り替えた 【坂本清】
「悔しいのはもちろんですが、それ以上に練習では調子が悪くなかっただけに残念だなと。ただそれを引きずっていても仕方ないし、試合はFSも含めて1つのものなのできちんとやりたいです。気持ちが入っていなかったわけではないんですけど、もう少し気持ちを入れてやらないとだめですね。もう後がないので、小塚崇彦らしい演技を見せられるようにしたいです」
FSでは良い演技を見せたい理由があった。自身を指導する佐藤信夫コーチが全日本選手権の“還暦”を迎えたのだ。佐藤コーチは選手時代に同大会に11回出場。コーチに転身してからも実に今回で49回目の参加となる。それを伝え聞くと、自然とモチベーションが高まった。
気力がみなぎる中で挑んだFS。ジャンプでバランスを崩そうとも、体力的に厳しかろうと、意地でも転倒するわけにはいかなかった。苦しい状況を支えてくれたコーチのために、自分の復活を待ってくれているファンのために、そして己のために。この1本、この瞬間に懸けていた。自身にとって今季最高の4分40秒は、記憶に残る名演技となった。
「競技に対する気持ちが戻っていない状態でシーズンに入ってしまいましたが、ようやく気持ちが切り替わり、燃え尽きかけていたものが再着火したのかなと思います。少し遅かったかなという感じですけどね(笑)」
“還暦”を最高の形で祝福された佐藤コーチも、愛弟子の恩返しに目を細めた。
「今シーズン初めて素晴らしいFSを見せてくれたと思います。本当に今までは何とかやれるかなという感じがあっても跳ね返されてしまった。今日は初めて練習した甲斐(かい)があったなという演技を見せてくれたと思います」
「世界の舞台でもう1度完璧な演技を」
引退という選択肢がありながら、現役続行を決断したのは「世界の舞台でもう1度完璧な演技をしたい」という目標があったからだ。それだけ世界大会に対する思いは強い。高橋大輔の欠場で回ってきた今年3月の世界選手権では、準備期間の短さもあり6位にとどまったが「まだやれる」という自信はある。
振り返れば昨季も序盤はけがの影響で、思うような成績を残せなかった。しかし全日本選手権をきっかけにシーズン後半は調子を上げた。「最近はそこにしか合わせられない」と笑うが、日本の選手にとって最も重要とされる大会で結果を出し続けることは並大抵のことではない。
来季以降、現役を続けるかどうかは未定だという。佐藤コーチも「そのことに関しては、一言も話し合っていないし、本人の大事な人生だから時間をかけてゆっくり考えてくれればいい」と静観する構えだ。いずれにしてもこの日見せた華麗な復活劇は、今後に向けて大切な財産となる。観客総立ちの称賛がそれを物語っていた。
(取材・文 大橋護良/スポーツナビ)