「錦織圭の2014年」と次なる歩み オフ&オンコートの飛躍と化学反応

内田暁

2007年、17歳の錦織圭

2008年のプロ1年目にツアー初優勝を飾るなど、非凡な才能は注目を集めるまでに多くの時間を必要としなかった 【写真:ロイター/アフロ】

 年の瀬を迎えるにあたり、パソコンの中身も大掃除するつもりで古い原稿や写真を整理するのだが、つい昔のものを閲覧し始め、なかなか作業が進まない。中でも思わず目と手が止まるのが、今季大躍進を果たし、今やテニスやスポーツの枠を超えた存在となった、錦織圭(日清食品)関連のものだ。

 特に2007年――錦織が17歳だった当時の原稿などを読むと、自分が何者かまだ知らず、しかし何物かになれる可能性を真っすぐに信じる眼差し(まなざし)や、野心とも異なる強さへの渇望を口にする実直な様が思い出されて、感傷的な気分に浸ってしまう。まだ顔に幼さを残すあの日の少年は、フロリダのIMGアカデミーに身を置く自身を指して「僕は恵まれています」と何度も何度も繰り返していた。この時錦織を取材したロサンゼルスのウエストウッドは、アジア人や日本食レストランがあふれる街で、テニス会場にも日本人の姿が多く見られる。そのような周囲を見渡しながら、渡米4年目の錦織は「日本の方が多いんですね……」とポツリとつぶやいた。フロリダのブラデントンで暮らす彼の“日常”では、ほとんど目にすることのない光景だった。

 それでも彼は、自身の日常や境遇を不憫(ふびん)に思ったことはないと言う。それどころか、日本に居る同世代のアスリートたちに対し、同情的な視点すら向けていた。その頃の世は「ハンカチ王子」や「はにかみ王子」など、10代のアスリートたちが過剰な注視を集める“王子ブーム”時代。「かわいそうですよね。やりたいことだけに集中させてあげればいいのに……」。そんな所感を漏らしながら、錦織は穏やかなトーンに強い意志を込めた口調で、こう断じた。
「テニスだけに打ち込める環境に居るわけですから。僕は、すごく恵まれていると思います」

 13歳で渡米を決断した心境についても「最初は怖さもありましたが、『せっかくのチャンスなのだから自分を試してみたい』と思い、自分の意志で決めました。親や周囲がどう考えたかというよりも、やはり自分のことですから」と断言する。
 当時の彼は、世界300位台のアマチュアプレーヤー。18歳2カ月にしてツアー初優勝を果たし、純粋に強さを求める足跡と“世間が錦織を見つける日”が交錯したのは、その約半年後のことである。

トップランナーとしての責任感

2012年10月の楽天ジャパンOPでは日本人として初の優勝、上位に向け着実に歩みを進めていった 【写真:ロイター/アフロ】

 そんな多感な10代後半の日々から、7年ほどの年月が流れた。日本のみならず世界が「近い未来のナンバー1候補」と熱視線を送るまで成長した世界5位の24歳は今、日本やアジアのテニス界に対し、俯瞰(ふかん)的な視線を送ることが多い。
 ひたすら高みを目指して疾走し、気づけば目前を走る選手は数人しか居ないことに気づいた時、ふと後ろを振り返ってみたのだろうか。そんな彼の目には、かつて同じように高みを目指し並走した仲間たちの姿は見えなかった……。もしかしたらその時、孤高感と表裏の寂寥(せきりょう)感や、トップランナーとしての責任感を覚えたのかもしれない。
「僕も不思議なんですがアジアの選手はジュニアの時代いい選手がたくさんいます。ほんとにたくさん。特に14歳、16歳以下で上位にいるのは日本人、韓国人などです。18歳ぐらいになるとトップから少しずつ消えていってしまう」

 心のつぶやきとも言えるそんな言葉をブログにつづったのは、今年7月のことである。その理由の一端として「練習環境が悪く強さに磨きをかけられないのか」と思考を巡らせながらも、「だからといって海外で練習すれば強くなれるわけでもないですし。海外で練習する日本人の選手もたくさんいると思うけどあまりうまくいかないケースがほとんどです」と、残酷な現実に冷静な目を向けもする。それら彼の筆致からは、自分の経験を少しでも財産として後進たちに残し伝えたい……そんな強い願いが感じられた。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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