「錦織圭の2014年」と次なる歩み オフ&オンコートの飛躍と化学反応

内田暁

24歳になった錦織の言葉

「錦織2世」と呼ばれ、2014年11月にプロに転向した18歳の中川直樹も錦織を慕う選手の一人 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 個人的に、そのような錦織の変化や想いに気づかされたのは、今年3月のことだった。
「未来の錦織圭を目指す子供たちに、何かアドバイスは?」

 そんな問いを向けた時、彼は優しい笑みを浮かべると、フッと息を吐き出すように「メッチャありますよ」と言ったのだ。
 具体的に教えて欲しいと頼むと、考えを整理するように一拍おき、神妙な表情で「ちょっと重いというか、真剣な話ですけれど」と前置きした上で、こう言った。

「まずは、親がしっかりしていないと。子供の行き先を決め過ぎてもダメだし、でもやはり親がしっかりした考えを持ち、子供に練習させたり、環境の話をすることも必要です」
 そして、自身の幼少期の記憶を大切に取りだすようにしながら、こう続ける。

「僕の場合は、親や盛田(正明)さんなど周囲の方のサポートがありましたから」

 24歳になった彼のこの言葉は、10代の頃のそれと比べると多少の差異があり、ゆえに歳月がもたらす成長を浮き立たせもする。

「自分のことだから自分の意志で決めた」

 17歳の頃にそう振り返った想いも本音であり、真実だろう。同時に、希望や可能性に至る道に光を当て、導いてくれた両親や周囲の人々の“巧みさ”をも、今の彼は深い感謝と共に見抜いている。
 だからなのだろう、最近の彼は後輩たちに温かい眼差しを向け、自らが日本やアジアの選手を導く光になろうとすらしているようだ。
 ワイドショーなどで散々話題になった多額の賞金やスポンサー契約料も、将来、若い選手を援助する基金等設立のため貯金しているとの話も聞く。今年に入った頃から、母親がフロリダの家に滞在している時には「後輩を家に連れてきたいから」と、食事の用意を頼むこともあったという。同じIMGアカデミーを拠点とする18歳の中川直樹(柳川高)は、錦織を「全く威張ったりすることのない、すごく優しい先輩」だと言い、今季ツアーで顔を合わせることの多かった22歳の奈良くるみ(安藤証券)も「一緒に食事に行かせてもらうことも多かったし、オフコートでは本当に普通の優しい人」と評していた。

“世界で五指”の高みへ

「次なる夢」に向かい、マイケル・チャンと共に歩みを進めていく 【写真:Motoo Naka/アフロ】

 オフコートでの成長がオンコートの好成績につながるのか、あるいはオンコートで得た自信や余裕が人間性を成熟させるのか――今季の錦織は、その両面での飛躍と化学反応を見せている。

 例えば今季最後の公式戦となったツアーファイナルズでは、「今は理想に近いテニスができている」と充実感を口にした。彼にとっての理想のテニスとは、テニスに心を奪われた幼少期の原体験である「フォアでウイナーを奪う楽しさ」と、“勝利”が両立するテニスであろう。
 そこに至る道程にも、必然の積み重ねがあった。ブラッド・ギルバートをコーチにつけ、“守備の強化”に取り組んだ2011年。その土台に攻撃力を築きつつも、「理想のテニスと、勝つテニスを天秤(てんびん)にかけるのが難しい」と揺れる天秤の均衡を模索する時期も経験した。2012年のことである。そして今年、コーチに就任したマイケル・チャンから「もっとフォアで攻めていけ」と指導され、「より攻撃的に変わった」と自認する攻めのテニスを確立した。
 数々の決断と選択を因果の糸でつなぎ合わせ、どの要素が欠けても築くことは不可能であったろう隘路(あいろ)を駆け抜け、彼は“世界で五指”の高みへと至ったのだ。

 自身の体験を後輩たちに役立てて欲しいと願うのは、“今”が歴史の上に立脚し、先達の歩んだ道が後進の未来となることを知るからだろう。思えばチャン夫人のアンバーさんは、夫が錦織のコーチに就いた理由として「マイケルは常々、自分の経験をアジア人選手に伝えたいと願っていたのよ」と言っていた。

 11月の一時帰国を経て再び渡米する際に、錦織はブログに「また外国に戻るのか。。と少し憂欝でした」(原文ママ)と心境を吐露している。それでも彼は、厳しい環境こそが自分を成長させると信じ、かつて「恵まれている」と強調した地へと旅立っていった。
 そういえば以前に、錦織は例え両親が見送りに来ていようとも、ひとたび空港のゲートに歩みを進めたが最後、決して振り返らないと聞いたことがある。
 先人が切り開いた道の険しさを知り、自身の歩んだ道に連なる人々の想いや愛情、折り重なる歴史を背に受け止め、錦織圭は、前のみを見て次なる夢へと歩みを進める。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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