WECからF1? アウディの噂を考える=赤井邦彦の「エフワン見聞録」第34回

赤井邦彦/AUTOSPORTweb

VWグループに見る自動車業界の方向性

WECそしてル・マンを席巻してきたアウディ。彼らの次なる目標はF1なのか? 【LAT】

 今年のF1グランプリも残り1戦。最終戦は変則的ダブルポイント制だが、ルイス・ハミルトンのタイトル獲得の可能性が高そうだ。個人的にはニコ・ロズベルグに取らせたいが、実力の差は歴然だからなあ。

 ところで、今回の見聞録はそのタイトル争いとは少し違う話題。以前からずっとささやかれているアウディのF1参戦に関する見解だ。この噂(うわさ)の発信源がどこにあるのか知らないが、噂には根拠があった。それは世界制覇をもくろむピエヒ(フェルディナント・ピエヒ/フォルクスワーゲン監査役会会長でフォルクスワーゲンおよびポルシェの大株主)王国とも言えるフォルクスワーゲン(VW)グループの周到に練られた戦略だ。アウディのF1参戦の噂を流したジャーナリストは、恐らくピエヒの覚えめでたい方に違いない。

 ご存じのようにVW、アウディ、ポルシェはピエヒ王国VWグループの要的3大自動車メーカー。量産車の販売台数からすれば圧倒的にVWが多いが、アウディ、ポルシェはそれぞれ独特のカラーを持ってVWグループを支えている。色分けはVWが大衆ブランド、アウディが高級ブランド、ポルシェが(高級)スポーツブランドとも言えるだろう。この色分けをうまく使ってVWグループはあらゆる層に浸透するクルマを提供してきた。

 モータースポーツ活動も盛んだ。VWはWRC(世界ラリー選手権)でここ数年勝利を重ね、アウディはル・マンを中心としたWEC(世界耐久選手権)を長年席巻し続けてきた。ポルシェはというと、今年からアウディの牙城であるWECに挑戦している。そして、まさにポルシェが参入してきたのと時を同じくして、アウディの動向が取り沙汰された。曰く、「同じVWグループから2メーカーが同じカテゴリーのレースに出てくるのか?」「スポーツカーレースの王者ポルシェがWECに来たからには、アウディはF1挑戦しか残されていまい」と。しかし、その問いに答えて、アウディのウォルフガング・ウルリッヒ博士(アウディWEC責任者)はこう言った。

「ポルシェが勝ってアウディが売れますか?」

 この言葉は、スポーツカーレースが市販車の販売(マーケティング)に大きな影響を与えるレースであるということを物語っている。ウルリッヒ博士は、長年の経験からF1よりWECが市販車の販売に直接影響を与えることを知っており、アウディはWECの成功によって大きくシェアを伸ばしてきたと言いたいのだ。

 また、VWグループの根幹にある思想を表現しているように思える。個々のブランドには独自の活動の場を与えて、お互いに干渉しない。つまり、VWがアウディの高級感に迫り、アウディがポルシェのスポーティーさに迫り、ポルシェがVWやアウディの持つ利便性に迫った今でも、それは決してお互いに干渉するという意味ではなく、独自の方向性を明確に打ち出した結果に他ならない。自由を各社に与えた、ピエヒの戦略は見事と言うしかない。このVWグループのモータースポーツの動向を知ると、世の中のクルマの方向性が見えてさえきそうだ。

前進を求めるなら必然的にF1

 さて、アウディのF1参戦の話に戻ろう。もしF1参戦が事実なら、アウディは現在いる地点から一歩前に進もうとしている証しだろう。長い間ル・マンを中心としたWECへの参戦は、誰もが知るように大成功の足跡を残している。勝ち続けてもWEC挑戦をやめない理由は、自分たちの売るクルマのコンセプトがWECで鍛えられる技術と相関関係にあることを理解し、またWECがマーケティングに関して重要なポジションにあるということを理解しているからだ。しかし、先にも触れたアウディのスポーティーさへの舵切りは、モータースポーツへの取り組みにおいても方向性の変化を求め始めたということではないだろうか。そして、WECからさらなる前進を求めるなら、そこにあるのは必然的にF1ということになる。

 つまり、ポルシェのWEC参入やVWグループの意向を反映してというより、アウディのモータースポーツに対する姿勢として、WECの次に来るものはF1という図式があるということだ。もちろんWECとF1の両方を同時に行うには膨大な予算がかかるばかりか、両方を天秤(てんびん)にかけるような活動はどちらも失うものが多すぎるような気がする。アウディ首脳陣がそのことを知らないわけはない。そして、アウディのモータースポーツ史の中には(アウトウニオンとしてだが)F1がさんぜんと輝いている。

※アウトウニオンとは、アウディの前身となったドイツの自動車メーカー。F1規定制定前のグランプリシーンを席巻した。

 F1が以前のままの姿であればアウディは参戦を考えなかっただろう。しかし、現在のF1はモータースポーツの頂点というポジションを意識し、自動車メーカー参入に門戸を広げる。自動車社会が避けて通れない環境問題。市販車でそれに対応しながら、一方モータースポーツで化石燃料を浪費し、大気汚染の元になる排ガス垂れ流しが許されるわけがない。自動車メーカーが最先端の環境技術を持って参入してくれなければ、F1は生き残る道を見つけられないと関係者が気づいたのだ。その結果、ホンダが参入しアウディが手を挙げる状況が整った。

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著者プロフィール

赤井邦彦:世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。

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