本田圭佑や吉田麻也がほれ込んだホペイロ 名古屋・松浦紀典氏が語る“スパイク学”

今井雄一朗

手ぶらでトレーニングに来て、手ぶらで帰る

日本で唯一のプロホペイロである松浦さんに、“スパイク学”を語ってもらった 【今井雄一朗】

 名古屋グランパスのクラブハウスには、一つの哲学が息づいている。それは、「選手が手ぶらでトレーニングに来て、手ぶらで帰る」というプロフットボールクラブとしての姿勢である。選手たちは日々の練習に何一つ道具を持参せず、おのおのに合わせて完璧に用意された用具をチョイスし練習に励む。終われば練習着やスパイクを所定の位置に置き、シャワーを浴びて帰る。試合日はもちろん、練習においても個人管理の用具は基本的にはない。なぜなら名古屋には、「ホペイロ(ポルトガル語で用具係の意味)」と呼ばれるスタッフが在籍しているからだ。しかも名古屋のホペイロは選手と同じくクラブとプロ契約。日本で唯一のプロホペイロ・松浦紀典さんが務めている。

 松浦さんの考えるホペイロの仕事とは、「用具係」の枠には収まりきらない。その大部分は他クラブと同様に所属選手たちが毎日使用するスパイクのケアだが、それ以外にもユニホームや練習着、ボールやカラーマーカーなどの練習用器具にドリンク類、試合前のロッカーに置くあめやガムから、果ては夏場に選手たちが練習後にリラックスできるようにと簡易プールの設置まで多岐にわたる。とにかく練習と試合に関わるチームのすべての「準備」を管理するのが、彼の考えるホペイロの役割だ。手入れするスパイクは毎日30足ほどあり、9時からの練習で11時に練習が終わったとすれば、汚れを落として乾燥が終わるまでに3〜4時間。その後の仕上げが終わるのは、21時半ぐらいになるという。松浦さんによって丹念に磨き上げられたスパイクは、どんなに汚れていても新品同様の輝きを取り戻す。まさに職人である。

スパイクの加工という特殊技能

 ところで彼の特殊技能として、スパイクの“加工”があることは関係者の間ではつとに有名だ。各シューズメーカーはプロ契約選手に対して、足型を取ったり細かいパーツを換装するなど別注品を用意することもあるが、松浦さんはさらなる機能性を求め、文字通りスパイクを“改良”する。「不思議と失敗したことがないんです」と事もなげに語るその的確な作業は、微妙な感覚を求める選手たちから絶大なる信頼を得ている。

「例えばグランパスの中村直志選手は『スパイクの中で足が動く』と話していたので、まずは滑りにくいインソールの使用を提案しました。それから彼はインフロントキックのような巻いて蹴るキックが得意ですが、ノーマルのままだと地面につま先が引っかかる感覚があったんです。そこでソールのつま先部分を削ることによって、足がしっかり抜けてキックの精度がさらに良くなるんじゃないかなと思いました。提案した当初は彼も『どうなんだろう?』という反応でしたけど、最終的には受け入れて使ってくれて、その試合で2得点。『スパイクが良かった』って言ってくれました(笑)。もちろん彼の実力あってのことですが、加工で良い結果が出た例です」

 松浦さんの加工技術は“削る”だけではない。スパイクのソールにはスタッドが固定式のものと取り換え式のものがあるが、彼はこの2つの特徴を掛け合わせた「ミックスソール」も自作してしまう。固定式のスタッドの一部を削り、そこに取り換え式のスタッドを装着できるようにするというスキルは、もはや用具係の域を超えている。

「ミックスソールは誰に頼まれたのが最初かは憶えていませんが、取り換えだと刺さりすぎる、固定だと滑る。あるいは取り換えだと足に負担がかかるけど、滑るから何とかしたい。こういう要望に応えたものです。だから選手の好みによって、ミックスにする部分が違うんですよ。ヴェルディ川崎(現東京V)にいた頃、柱谷哲二選手と中村忠選手にミックスソールを作っていたんですが、中村選手はボランチやサイドバックで、柱谷選手はボランチがメインでセンターバック。つまり2人とも守備的な選手なんですが、ミックスの配列は全然違いました。これは足のどこで止まりたいか、選手によって全然違うからなんです」

右と左でタイプを履き分ける本田圭佑

スパイクを4パターンで履き分けるという本田(写真)は、現在も松浦さんにケアを依頼している 【写真:Enrico Calderoni/アフロスポーツ】

 そうしたホペイロの仕事が成果を挙げた最高の例が、現在はイタリア・セリエAの名門ミランで背番号10を背負う、本田圭佑だ。名古屋でプロになり、10代の頃から松浦さんとの対話を重ねてきた日本のエースは、驚くほどの細かい使い分けをするという。しかしそもそもが頑固な固定派だった本田が、ミックスソールや取り換え式を取り入れ始めたのは、当時から強かった海外志向のためだったと、松浦さんは証言する。

「本田選手は現在、固定式と取り換え式、それにスタッドのかかと側が固定で前部が取り替え式のミックス、それに固定がベースで取り換え式がいくつか混じっているミックス、の4パターンを使い分けています。4種類は使い分けをする選手でも一番多い方です。普通は固定、取り換え、ミックスの3種類で十分。例えばサウサンプトンの吉田麻也選手などは3種類を履き分けています。でも、グランパス時代の本田選手はたとえ土砂降りでも『取り換えやミックスは履きたくない』って言っていたんですよ。日本のピッチは状態がすごく良いので、彼なら固定だけでも滑らなかった。何より取り換え式のスタッドは固定のものより1ミリか2ミリ長いので、キックのフィーリングが変わってしまうと。でも軸足は滑ると困るので、軸足の右足だけミックスとか、そういう履き方は当時からしていました。

 その頃から彼は海外志向が強かったので、よく『海外は日本みたいにピッチが良くないから、絶対ミックスや、もしくは絶対履きたくないかもしれないけど取り換えがメインになるよ』という話をしたものです。彼も『でもどうしたらいい? 地面に引っかかるから蹴りづらい。いつものキックができない』と言うから、『ミックスを履いた時にはミックスを履いた時の蹴り方をするしかない』と答えました。そうしたら『……そうやね、ミックス履くわ』って言って、それから雨の日の練習後に、ミックスソールでのキックの精度を高める練習が始まりました。僕もびしょ濡れになりながらボール拾いを手伝いましたね(笑)。今では本田選手は4種類のスパイクをさまざまなパターンで履いています。『軸足取り換え・利き足固定』や『軸足ミックス・利き足固定』もあれば、両足ミックスもあるし、『軸足取り換え・利き足ミックス』も。例えばワールドカップ・南アフリカ大会のカメルーン戦では、軸足が取り換えで、利き足が固定でした。選手はみんなそれぞれのこだわりがありますけど、右と左でタイプを履き分けるのは本田選手ぐらいだと思います」

 その確かな仕事にほれ込み、本田や吉田は今もスパイクのケアを松浦さんに依頼している。松浦さんも快諾し、名古屋での仕事を終えた後の空き時間を使い、彼らのプレーを足元から支えている。

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著者プロフィール

1979年生まれ。雑誌社勤務ののち、2015年よりフリーランスに。以来、有料ウェブマガジン『赤鯱新報』はじめ、名古屋グランパスの取材と愛知を中心とした東海地方のサッカー取材をライフワークとする日々。

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