本田圭佑や吉田麻也がほれ込んだホペイロ 名古屋・松浦紀典氏が語る“スパイク学”

今井雄一朗

今も旧型の名作が生き残っている理由

ハイテクスパイク全盛の時代で、モレリア(写真)やパラメヒコといった名作が今も生き残っている理由とは 【今井雄一朗】

 それでは繊細な感覚を要求する日本人選手に比べ、外国籍選手のスパイクに対するこだわりなどはあるのだろうか。以前に名古屋やサンフレッチェ広島、大分トリニータに在籍していたブラジル人のウェズレイは硬い革質を好んだため、常に新品を履き続けたと聞いたことがあった。実際のところはどうだったのだろうか。

「いや、そんなことはなかったですよ。しっかりケアすれば新品同様の状態はキープできるので。ただしウェズレイ選手が新品に近い、張りのある状態が好きだったのは確かです。なじむ前の堅さが好きだったので、僕は逆転の発想で革を堅くしていましたね。普通は柔らかくするためにケアするんですけど、逆に堅くして、『こんなことできるのか!?』って喜んで履いてくれました(笑)。ちなみに外国籍選手は『これはメイドインジャパンか?』とよく聞いてきました。やっぱり品質が良いんですよ、日本製は」

 もう一つ、ハイテクスパイク全盛の今、一方で名作と呼ばれるスパイクがいまだ廃れず発売され続けているのは興味深い事象だ。機能性を求めて進化していったサッカースパイクの中で、なぜ旧型が生き残っているのか。ミズノの「モレリア」、プーマの「パラメヒコ」、アディダスの「コパムンディアル」といった名作が履き続けられる理由。松浦さんの分析と見解はスタッドの形状にまで及んだが、さながら「スパイク学」といった趣があって面白い。

「名作がなぜ好まれるかと言えば、やはりフィット感やボールタッチの感覚ですね。人工皮革でも天然皮革のようなフィット感があるものも出てきましたが、最高級と言われる天然、カンガルー革の感触を求める選手はいます。カンガルーや天然皮革は伸びやすいですが、そのぶん足にもなじみやすいんです。ちなみに名作と呼ばれるスパイクって、スタッドも必ず基本的な丸型です。最近はブレード型が主流なんですけどね。実は丸型の方がケガはしにくいんです。なぜなら360度回転できるから。形で分かると思いますが、ブレードは回ろうとすると、引っかかっちゃいますよね。最近大きなケガが増えたのは、この“遊び”が少ない影響もあると思っているんです。確かに丸型だと止まりたいポイントより少しズレて止まってしまうこともあるんですが、その“遊び”が負荷を分散してくれる。ブレードだと一気に止まりますし、人工芝ピッチならもっと引っかかって足首や膝に故障が発生したりするんです。その意味では人工芝なら丸型の方が、体の負担は少ない。だから最近はまた丸型が見直されてきているんですよ。各メーカーさんで丸型化の傾向もあって、二つの中間にあるような円柱型のものも出てきました」

日本代表にはホペイロがいない

本田や吉田、そして名古屋の選手たち足元で輝くスパイクには、松浦さんの職人気質とサッカー愛が詰め込まれている 【今井雄一朗】

 スパイクそのものの手入れからプレーの改善、ケガの予防に至るまで、ホペイロの仕事は想像以上に幅広い。だが、ホペイロという職業はまだ日本ではあまり重要視されておらず、名古屋のように世界基準の仕事ができる環境やクラブも少ないのが現状だ。それはまだホペイロが単なる用具係としか見られていないからかもしれない。その証拠に、日本最高のチームである日本代表にいまだホペイロがいない。松浦さんはその点についても、残念そうな表情を浮かべる。

「ホペイロは単なる用具係ではなく、もっと深いことをやっています。常に選手たちのプレーを注意深く見ていますし、キックの癖や走り方のフォームを見て、この選手はここに負担がかかりそうだなとか、こういう足型をしているとここに故障が出そうだから、スパイクはこう、インソールはこうした方がいいとか、メディカルスタッフといつも話しています。だから日本代表選手が自分でスパイクを試合会場に持っていくのを見ると、ホペイロとして歯がゆい気持ちになるんです。日本代表は日本で一番良い環境でやらなければいけないと思うんですけど、実際はこうしてクラブの方が良い環境の部分もあって、日本代表選手に負担をかけてしまっているな、と」

 名古屋所属のスタッフでありながらこぼした「日本代表に負担をかけてしまっている」という言葉からは、日本で唯一のプロホペイロとしての自負や気概が感じられる。だからこそ「ホペイロの醍醐味(だいごみ)は?」と問うた時、すかさず「勝敗を現場で感じられること」と答えるのである。選手が良いトレーニングをして勝利を目指すのと同様に、ホペイロは良い準備をして、勝利を目指しているのだ。

「やはり勝負の世界に常に身を置く仕事なので、勝ち負けを近くで一緒に感じられるというのがホペイロの醍醐味ですね。ホペイロは第1節で使ったものをケアし始めた時点から第2節が始まります。僕は直接ピッチで戦うわけではないんですけど、自分も選手と同じように試合をしている感覚でやっているんです。試合終了のホイッスルがホペイロにとっては試合開始のホイッスル。どんな状況でもスパイクやその他のエクイップ(備品)を同じ状態にするというのが自分のやり方なので、勝敗によって仕事を変えることもありません」

 常に最高の準備を当然のように、というホペイロ的思考にブレはない。本田圭佑や吉田麻也、そして名古屋の選手たちの足元で輝くスパイクたちには、日本最高の職人気質とサッカー愛が詰め込まれている。

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著者プロフィール

1979年生まれ。雑誌社勤務ののち、2015年よりフリーランスに。以来、有料ウェブマガジン『赤鯱新報』はじめ、名古屋グランパスの取材と愛知を中心とした東海地方のサッカー取材をライフワークとする日々。

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