アジア大会、日本競歩界初の金 世界へ挑むライバル争いに刺激

折山淑美

36キロあたりからの独歩状態

日本競歩界初となるアジア大会の金メダルを獲得した谷井孝行 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 陸上競技日本初の金メダル獲得を託されながらも、28日の男子20キロではロンドン五輪3位の中国の王鎮に鈴木雄介(富士通)が力負けして2位という結果に終わっていた競歩勢。その後の競技ではトラック&フィールド種目がなかなか金メダルに手が届かない中、やっと金メダル獲得を実現したのは男子競歩だった。

 10月1日の朝7時にスタートした50キロ競歩。出場選手7名の今季ランキングは、谷井孝行(自衛隊体育学校)が3時間41分32秒で1位で山崎勇喜(自衛隊体育学校)が3時間44分23秒で2位。ライバルとなる中国勢は若手の王振東と張琳が出場したが、アジアランキングは谷井と山崎に次ぐ3位と4位で3時間47分18秒と3時間48分49秒。順当にいけば日本のワンツーフィニッシュも可能という状況だった。

 「金」第1号を期待される日本のふたりにとってはプレッシャーもかかる状況。それでもスタート直後から、谷井が積極的に集団を引っ張り始めた。2キロ通過は8分56秒で後ろにつく韓国の朴七成とともに、中国とインド勢や山崎を5メートルほど離す。そしてそこからは8分50秒に上げ、4キロ通過では6秒以上の差と水をあけ始めた。

「7月中旬以降は予定した練習を完璧にできたが、それ以前は5月に右膝の周辺を痛めた影響もあってまともに練習をこなせなかったので、今回は自己記録前後のタイムを予測していました。中国選手は若手だけど張は5月のW杯で入賞しているし、3時間45分を出す力はあると思ったので。彼らに自己新を出さなければ日本勢に勝てないと意識させるために、最初は無理をしないで3時間42〜43分のペースで行って、勝負どころで上げて自己記録近くへ持っていければと思っていました」

 こう話す谷井は4キロを過ぎてからついてきた朴を突き放し、2キロ8分50秒台前半のペースに乗った。これに追いすがったのは上がってきた山崎と彼をペースメーカー役にした朴で、9分台のペースに落ちた中国勢との差を着実に広げる展開になった。

 さらに谷井は、17キロ手前で山崎と朴に追いつかれると、「僕が8分50秒のペースで歩いていたのに追いついてきたということは、ふたりは8分40秒台のペースにあげてきたということ。だからそこで余裕を持たせないために自分もペースを上げた」と、18キロ以降は8分40秒台前半のペースにしてそれを連続させた。そして25キロで朴を振り落とし、山崎が疲れを見せた36キロからは8分40秒までに上げて独歩状態を作り上げたのだ。

意識する世界選手権

36キロ付近からは独歩状態に 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 無理をして谷井と競り合った山崎は遅れてからは急激にペースダウンして、立ち止まるような状態にまでなって最後は歩型違反で失格となった。谷井は2位との差を6分以上にしたラスト5キロは、2キロ9分前後のペースに落ちて山崎の持つ日本記録に7秒だけ及ばない3時間40分19秒でのゴールになったが、2位の朴には周回遅れにするスレスレの8分56秒の大差をつけての優勝。彼の冷静さと安定した歩きのみが目立つ結果となった。

「陸上最初の金メダルだとか、日本競歩界初の金メダルということを考えるとプレッシャーで硬くなってしまうから、まずは自分の最高のパフォーマンスをすれば金メダルは付いてくるという考え方にした」と言って笑顔を見せる谷井は、山崎たちが途中で追いついてこなければそのままイーブンペースで歩き続けただろうという。その意味でいえば山崎が50キロ競歩を牽引(けんいん)してきたという意地を見せたからこそ、4月の日本選手権で谷井が「来年3時間39分台を出すためにも、アジア大会では3時間40分台を出したい」と話していたもくろみを達成できたのだ。だがそれでも谷井は先を見る。

「優勝はしたがこのタイムはまだ世界大会の入賞ライン。メダルを取るとなったら3時間39分以上のタイムは必要だし、ラスト5キロは落とすのではなく逆にあげることが必要。でも今回は狙わずに出た40分台だから、来年の日本選手権では狙って39分台を出し自信を持って世界選手権に臨めるようにしたい」

「日本競歩」のライバル争い

激しいライバル争いが底上げに 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 こう話す谷井に陸上の金メダル第1号は譲ったが、20キロの鈴木雄介は今季世界ランキング1位の記録を持ち、5月のW杯では4位ながら世界のトップと戦える手応えを得ていて、今回は夏場の練習が上手くいかずに7位に終わった高橋英輝(岩手大学)も世界ランキング3位の1時間18分41秒を出している。

 さらに20キロには昨年の世界選手権6位の西塔拓己(東洋大)がいて、50キロには11年世界選手権6位の森岡紘一朗(富士通)やロンドン五輪代表の荒井広宙(自衛隊体育学校)がいる盛況。また若手に目を向ければ今年7月の世界ジュニアの1万メートルでは松永大介(東洋大)が優勝し、ユース五輪1万メートルでも小野川稔(東京実業高等学校)が優勝と世界で結果を出している。

 そんな状況になっている要因を谷井は「今までは世界大会の入賞を目標にしていたが、山崎が北京五輪で5位になって以来、彼はメダルを意識するようになったし、それに森岡や西塔が世界選手権で入賞したので他の選手たちもメダルを意識するようになってきた。その中で切磋琢磨(せっさたくま)して強くなっていこうという意識が、若い選手たちにも浸透し始めているのだと思う」と話す。

 日本競歩が分厚かった中国の壁を破って初めて獲得したアジア大会の金メダル。これは世界へ挑もうとする選手たちにとって、大きな刺激にも財産にもなるものだ。
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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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