9月場所直前の遠藤を直撃=「理想とする力士像は……」

構成:戸塚啓

「上位陣に通用する実力はまだない」

「意識する力士は特にいない。誰かを意識するのではなく、自分の取組に集中している」と、周囲の喧騒とは距離を置いて自分自身と向き合っている遠藤 【スエイシナオヨシ】

 アスリートの成長を促す要因のひとつに、ライバルの存在がある。「この選手には負けたくない」といった闘争心がブースターとなり、レベルアップがはかられていく。スポーツの種目や個人競技か団体競技かを問わずに、好敵手の姿はアスリートを刺激してやまない。

 白鵬が大横綱として君臨する現在の相撲界を見渡せば、遠藤は大砂嵐らとともに「次世代を担う存在」との評価を受ける。エジプトからやってきた22歳との激突は、本場所で注目を集める取組のひとつだ。対戦成績は3勝3敗と、まったくの互角である。

 他ならぬ遠藤は、周囲の喧騒と距離を置く。彼が向き合うのは、いつでも自分自身なのだ。
「意識する力士は、特にいないです。誰かを見下しているとか、自分に値する相手がいないとかいう意味ではないんです。自分は昔から、『この人はライバルだ』とか『この人には負けたくない』とか考えるタイプではないんです。誰かを意識するのではなく、自分の取組に集中しているので」

 視線はいつでも前を、上を向いている。それだけに、課題は尽きない。
「上位陣に通用する実力はまだないですし、すぐに力はつかないと思うので、少しずつ、一場所一場所経験しながら自分のものにしていきたい。稽古をしているときから、『ここはこういうふうにやっていこう』とか、『これはこうしなきゃいけない』ということがあります。そういう一つひとつに、しっかり取り組んでいきたいです」

 高い集中力に包まれたアスリートは、異次元の領域に足を踏み入れる。「ゾーン」や「フロー」と呼ばれる精神状態だ。遠藤も「ゾーン」に入ったことがある。土俵に降り注ぐ歓声を、無意識のうちに遮断していた経験を持つ。真剣勝負の瞬間だけではない。日々の稽古でも「同じようなことはある」と言うのだ。

「集中していれば、そうなるんじゃないですか」
 日常生活のありふれた場面を語るように、遠藤は話す。23歳の才覚を、はっきりと読み取れるトピックスだろう。四つ相撲を得意としながら土俵際での柔軟性を併せ持つ彼の相撲を、圧倒的なまでの集中力が磨いているのだ。

 アスリートが避けられない好不調の波にも、遠藤は独特のメンタリティで立ち向かう。好調を維持することだけに、心を砕くことはしない。調子が良くない時期を、どうやってしのぐかに拘泥することもない。ここでも彼は、さらりとした口調で語るのだ。
「どちらも大事ですね」

 そのとおりではある。ただ、そのとおりにはいくことはきわめて稀だからこそ、どちらかに意識を傾注するアスリートが少なくない。どちらにも明確に焦点を当てるメンタリティは、この男の未来を輝かせていくだろう。

「良い相撲を取っても、負けたら意味がない」

久々の日本人横綱を期待される遠藤は理想の力士像に「強い力士」を挙げた。まだまだ幕内で6場所しか経験がなく、周囲の期待の大きさとのギャップに苦しむときもある。ただ、この経験がさらなる飛躍へ結びつくことは間違いない 【スエイシナオヨシ】

 底知れぬ将来性を秘めた遠藤が思い描く、理想の力士像とは?
「強い力士ですかね……うまい相撲は結果的に強い相撲というか、辿り着くのは強い相撲だと思うんです。受けても強い相撲とか。勝つ相撲じゃないですか。良い相撲を取っても、負けたら意味がないので。おそらく、誰もが理想はそこに辿り着くのでは」

 相撲の魅力は「数秒のなかの攻防」にある、と遠藤は考える。「他のひとはどう思っているのか分からないですけど、自分はそう思います」と断ってから、10月で24歳になる大器は続ける。彼の頭のなかには、様々な取組が浮かんでいる。
「相撲の勝敗は、すぐに決まるじゃないですか。土俵から出たり、転がったり、手をついたりすると、負けになってしまう。単純なことなんですけど、だからこそ数秒のなかに攻防がある。単純だけど深い」

「五月場所」で好評だった「お姫さま抱っこパネル」は、髷を結ったバージョンが「九月場所」の初日から登場する。新たな試みとして「遠藤応援シート」も企画され、即日完売となった。両国国技館を舞台とする「九月場所」でも、遠藤にはひときわ大きな声援が注がれることだろう。

 とはいえ、彼はまだ幕内で6場所しか取っていない。三賞と金星もひとつずつで、最高位は東前頭筆頭である。自分より「強い」力士は数多いだけに、遠藤は周囲の期待と自身の取り組みにギャップを感じている。
「多少はそういう気持ちもありますけれど……」

 沈黙が下りる。1秒、2秒……わずかの隙間ののちに、遠藤は続けた。
「そういうギャップがないように、していきたいと思います」

 日本人力士としての自覚と、責任感と、使命感と、さらに成長するための問題意識と、心技体を磨くための想像力と──3秒間の沈黙は、様々な思いを整理するために必要な時間だったのだろう。

 苦悩と葛藤の先に、遠藤は何を見ているのか。胸中に渦巻く思いは、土俵上で表現されるはずだ。

取材・文:戸塚啓
撮影:スエイシナオヨシ

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著者プロフィール

1968年、神奈川県出身。法政大学第二高等学校、法政大学を経て、1991年より『週刊サッカーダイジェスト』編集者に。1998年フリーランスとなる。ワールドカップは1998年より5大会連続で取材中。『Number』(文芸春秋)、『Jリーグサッカーキング』(フロムワン)などとともに、大宮アルディージャのオフィシャルライター、J SPORTS『ドイツブンデスリーガ』『オランダエールディビジ』などの解説としても活躍。主な著書に『不動の絆』(角川書店)、『マリーシア〜駆け引きが日本サッカーを強くする』(光文社新書)、『僕らは強くなりたい〜東北高校野球部、震災の中のセンバツ』(幻冬舎)がある。

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