甲子園で勝つべく“特化”した球児たち、足の健大高崎と超遅球・西嶋に見えた妙味

松倉雄太

本格派投手が遊び感覚で身につけた「超スローカーブ」

超スローカーブで話題を読んだ東海大四・西嶋。投じた瞬間、捕手、打者、球審の顎が上がり、目線も上に行っている 【写真は共同】

「超スローカーブ」が話題になった東海大四の西嶋。本人もここまで取り上げられることに驚きの様子を見せたが、全国大会で初めて見た人にとってはインパクトが大きかった。

 本人が驚くのも無理はない。本来は140キロ近い直球に、スライダーやチェンジアップなどの球種を持つ本格派の素晴らしい投手で、北海道ではすでに名の知れた存在だったからだ。ただ、昨年は夏の南北海道大会と、秋の北海道大会でいずれもサヨナラ負け。あと一歩で敗れ、涙を流したことが、西嶋の新たな一面を引き出すことになる。

 ピッチングを追求していく中で、遊び感覚で投げた中に「超スローカーブ」があった。捕手・上野純輝の話によれば、最初に投げた時にストライクが入ったそうだ。これで西嶋本人も、自分の投球術の中に加えた。南北海道大会、甲子園と超スローカーブを投げる度に観客の拍手が大きなものに変わっていく。それでも本人は投げる意図を明確にしているから素晴らしい。

「(途中で)フォームが小さくなっているような気がしているので、リセットする意味で投げました」。この意図を第1のポイントに置いて、2つ目に観客の拍手で気分もリフレッシュできればと考えていたように思える。

球審、味方も目の錯覚を起こす投球術

 遅い球を投げるには勇気がいると一般的に言われる。ただ、打者が練習しにくい球でもある。150キロを超える速い球を投げられる投手は数少ないが、遅い球の追求はいくらでもできるはずだ。要は緩急である。余談ではあるが、西嶋の「超スローカーブ」について、中堅手の高橋厳己から面白い話を聞いた。

「超スローカーブを投げた時、目線が上に逸らされてしまう。あの球を打ちかえされてセンターに飛んできたら、対応できない」

 高橋は少し笑いながら話してくれたが、なるほどと感心せずにはいられなかった。「超スローカーブ」は山なりの独特な軌道をしているため、投じられた瞬間、ほとんどの人の目線が山なり軌道のボールにいってしまう。そこから数秒でストライクゾーンに完全に戻すのは難しい。だから守っている野手も一瞬だけ目の錯覚が起こってしまう。高橋が言ったのはこのことだ。

 さらに「ほとんどの人」には審判も含まれる。西嶋が「超スローカーブ」を投じた時に、センターから撮った写真が新聞に載った。明らかに球審の目線が山なり軌道のボールにいってしまっているところが写っている。つまり一瞬だけはストライクゾーンを外れているように見えるのだ。球場の形状と時間帯によっては、太陽とボールの軌道が被ることもありえる。これは球審にとってはつらいと言えるのではないだろうか。西嶋自身はそこまで考えていなかったと思うが、人間の目の錯覚も利用できる見事な投球術であると言いたい。

1回から試合が動いた96回目の夏

 今大会を振り返ると、1回にゲームが動くことが多かった。この流れができてしまったのが大会初日だ。開幕戦は、春日部共栄が1回表に5点を取り、龍谷大平安は結局それを返せなかった。第2試合も敦賀気比(福井)が1回裏に4点を奪って、楽にゲームを進めた。

 以降、出場する選手の口から、「今大会は1回に点が入ることが多い」「1回の入りが大事」という声が聞かれるようになった。最終的に1回に得点が入ったのは全48試合中、半分以上の29試合。この“1回にゲームが動く”事象は、さまざまな要素が考えられるが、その一つに大会の流れができてしまったことで、選手が過剰に意識しすぎるということがあるのではないかと思う。

 終わってみれば大阪桐蔭が全国制覇を果たしたが、試合の流れ、采配、天候、抽選によっては、どこが頂点を取ってもおかしくなかったように思える。特に昨年から復活した全試合抽選が試合の面白さを増しているのは間違いない。

 高校野球100年となる来年。また見ていて面白い、奥が深いと思えるチームに出会いたい。

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著者プロフィール

 1980年12月5日生まれ。小学校時代はリトルリーグでプレーしていたが、中学時代からは野球観戦に没頭。極端な言い方をすれば、野球を観戦するためならば、どこへでも行ってしまう。2004年からスポーツライターとなり、野球雑誌『ホームラン』などに寄稿している。また、2005年からはABCテレビ『速報甲子園への道』のリサーチャーとしても活動中。

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