「主役」の座に戻れなかったメッシ 準優勝でも母国の人々から愛される英雄
前回とはまったく内容が違う敗戦
アルゼンチンの準優勝という結果を称えたいが、メッシに一体何が起きたのかは分からない 【写真:ロイター/アフロ】
気持ちの整理がつかない理由は「ドイツに負けたから」ではない。アルゼンチンは巧みにスペースを制し、ドイツの動きをコントロールしていたし、決定機さえ決めていれば十分勝てたゲームだった。
準決勝での布陣を繰り返したアレハンドロ・サベーラ監督の采配も正しかったと思っている。だから、アルゼンチンの選手たちが体力の限界を感じていたあの時間帯にゴールを許してしまったことは本当に残念だったが、後味の悪い負け方ではない。前回の南アフリカ大会の準々決勝で、同じヨアヒム・レーヴ監督が率いるドイツに0−4と完敗したときとは内容がまったく違う。
気持ちの整理がつかない理由は「優勝のチャンスを逃したから」でもない。悔しいことは確かだが、今回のアルゼンチンは「敗者」のイメージを残さなかった。ワールドカップ(W杯)で24年間もベスト4に入れず、アルゼンチンの人たちが「俺たちは本当に世界の強豪なのか」と自問する姿を見てきた私としては、ファイナリストになった選手たちを「勝者」と称えたい。
では、どうして気持ちの整理がつかないのか。それは、リオネル・メッシに一体何が起きたのかが分からないからだ。
初戦で「デサオゴ」となるゴールを決めた
グループステージでは3試合4得点と「主役」にいたメッシだったが…… 【写真:Action Images/アフロ】
グループステージ第1戦となったボスニア・ヘルツェゴビナ戦での得点は、メッシ自身が「デサオゴ」(溜まっていたものを吐き出すこと)という表現を使ったように、まさにそれまで蓄積されていた鬱憤を晴らす痛快なゴールだった。得点が決まる65分まで、ボールを持つたびにブラジル人サポーターから激しいブーイングを浴び、前回大会を無得点で終えてしまった悔しさもあったはずだ。
ブーイングに関してはすでに慣れているはずだが、ハビエル・マスチェラーノから何度も「落ち着くんだぞ」と言われていた姿を見ると、自分でゴールを奪おうという気持ちが強いあまり、いつになく焦っていたように見えた。シュートが決まったあと、マスチェラーノが駆け寄り、抱きしめながら「だから言っただろ、お前がナンバーワンだって!」と言ったときはうれしかったはずだ。
スイス戦まで「主役級」の働きを見せていた
しかしメッシは、無駄な動きをせず、獲物を狙う獣のようにチャンスを待った。そして誰もが0−0のドローに終わると思ったとき、左足を振りぬき華麗なシュートを決めた。あの時、メッシとゴールの間にはイランの選手11人全員が立ちふさがっていた。それでもアディショナルタイムに見事なロングシュートをたたき込み、決勝トーナメント進出を決定づけたとき、彼は文句なしの「主役」だった。
ナイジェリア戦でも、主役の座は保たれた。この試合は本人もプレーしていて楽しかったに違いない。点を取られたら取り返すという互いに攻め合う展開となり、前半のうちにメッシが2点を決めた。63分にはベンチに下がってしまったが、あの時、もしかしたら古傷が痛んだのではないかと心配された。しかし、あとで分かったことはサベーラ監督が休ませたかっただけだった。交代させられるのが大嫌いなメッシが、監督の指示に従いベンチに座ったのは、「1カ月間で7試合を消化する」という、大会の全体像を見据えていた証だった。
ベスト4に残れば、プレーするのは全部で7試合。休めるときに休むことの大切さは、シーズンオフの間に十分な休養をとらず、何カ月もけがに泣かされた昨シーズンの体験でよく分かっていた。
決勝トーナメント1回戦となったスイス戦では、ベストな状態のメッシを見ることはできなかった。しかしディ・マリアのゴールにつながったラストパスは超一流だった。
母国のファンをうならせたディ・マリアとの絶妙なコンビネーションは、北京五輪のときからますます精度が高まっており、チームにとって頼もしかった。たとえそれが延長戦終了間際にやっと決まった決勝ゴールでも、重要なのは「決めるところで決める」こと。「スター選手・メッシ」はこの時まで健在だった。