「主役」の座に戻れなかったメッシ 準優勝でも母国の人々から愛される英雄

藤坂ガルシア千鶴

ディ・マリアの欠場が大きな影響を及ぼす

ディ・マリア(左)が負傷退場してから、メッシの存在感が薄くなってしまった 【写真:ロイター/アフロ】

 しかし準々決勝のベルギー戦から、まるで「主役」の座を放棄してしまったようなプレーを始める。もちろん、唯一の得点となったゴンサロ・イグアインのゴールを生み出したのは、中盤で巧みにマークを外してから出したパスであり、33分にディ・マリアが負傷退場するまでは集中力も感じられた。しかし、ディ・マリアという相棒がいなくなった途端、メッシの存在感が突然薄くなってしまったことは確かだった。

 ベルギーとの試合は、続く準決勝のオランダ戦と同じように、相手の怒涛の攻撃を食い止めることを第一目標とする耐久戦だった。アルゼンチンのメディアは「ここから試合の鍵を握るのはメッシの左足ではなく、マスチェラーノの魂に変わった」とうまい表現をしていたが、まさにその通りとなった。

 ルーカス・ビリア、エセキエル・ガライ、マルティン・デミチェリス、パブロ・サバレタ、マルコス・ロホ。守備陣の全員がマスチェラーノの指示に従って動き、マスチェラーノの叱咤で集中力を保ち、オランダとのPK戦の前には「今日は、お前がヒーローになるんだ」と言い聞かせてGKセルヒオ・ロメロを奮起させた。

 マスチェラーノがこうしてピッチ全体を仕切り、チームの士気を高め、レフェリーへのクレームもやった。そのため、キャプテンであるメッシはプレーだけに専念できるという、恵まれた環境にあった。

アグエロの不調もメッシのプレーに影響した

同じスピード、同じテンポで前線に突っ込めるアグエロ(左)が不調だったこともメッシのプレーに影響した 【写真:ロイター/アフロ】

 チームの仲間たちは、メッシについて聞かれるたびに「レオのために」という言葉を必ず口にしていた。全員が今大会を「メッシの大会」にしようと一丸になっていた。メッシが守備主体のサッカーを好まないということはサベーラ監督も十分承知だったが、ベルギーやオランダを倒して決勝にコマを進めるためには、守備的な戦いが有効で賢明な策だった。マスチェラーノは頭部に、ビリアは左手に、サバレタは口に、ラグビーばりのファウルを受けながら、メッシを決勝まで導くために耐え抜いた。今度は、メッシ自身がその犠牲と献身に応える番だった。

 しかし、ダメだった。メッシは「主役」に戻ることのないまま、ブラジルW杯の幕を閉じてしまった。
 はっきりした理由は分からないが、メッシがチームの中で一番信頼し、大切にしていた親友セルヒオ・アグエロの不調が影響したことは確かだ。準決勝のオランダ戦では、ロドリゴ・パラシオとマキシ・ロドリゲスがウォームアップをしていたとき、ピッチ脇のサベーラ監督に「クン(アグエロ)を入れてくれ」と頼んでいた。ボールを持つたびに最低2人のマーカーに囲まれるメッシにとって、どうしても同じスピードで、同じテンポで前線に突っ込めるパートナーが必要だった。監督はその要望に応えてアグエロを入れたが、今大会のアグエロは冴えなかった。アルゼンチンのメディアも、アグエロには10点満点のうち5点以上をつけていない。

 ハイレベルな戦いに必要な条件を熟知しているからこそ、ディ・マリアが負傷し、アグエロにミスが目立ち、イグアインの決定力が鈍っていたことを誰よりも早く見定め、身体が自然に諦めてしまったのだろうか。だとしたら、残念で仕方がない。気力だけで体力の限界を乗り越えた仲間たちがいたのだから。

それでもアルゼンチン国民は信じている

 決勝後、メッシはゴールデンボール賞をもらって、複雑な表情を見せていた。

「受賞してうれしいですか」と愚かな質問をした記者に対して「唯一欲しかったのは優勝カップだった」と答えていたが、準々決勝以後、その意欲はほとんど感じられなかった。

 それでもアルゼンチンの国民は、メッシを絶賛している。

 彼がいなければグループステージを通過することはできなかったし、世界中のどの国にとっても「メッシのアルゼンチン」が脅威であることは確かなのだから。

 3年前までは「非国民」と呼ばれていたメッシが、実力の半分も発揮できずに優勝を逃しても母国の人々から愛されているのは、この短期間にそれだけの結果を残してきたからだ。

 メッシのキャリアはまだまだ続く。9月にはドイツとの親善試合があるし、来年はコパ・アメリカが開催される。また近いうちにアルゼンチン代表のユニホームを着て、優勝を逃したことへの「デサオゴ」となる痛快なゴールを決めて欲しい。

 メッシなら、できる。

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著者プロフィール

89年よりブエノスアイレス在住。サッカー専門誌、スポーツ誌等にアルゼンチンと南米の情報を執筆。著書に「マラドーナ新たなる闘い」(河出書房新社)、「ストライカーのつくり方」(講談社新書)があり、W杯イヤーの今年、新しく「彼らのルーツ」(実業之日本社/大野美夏氏との共著)、「キャプテンメッシの挑戦」(朝日新聞出版)を出版。

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