ブラジルW杯で“魔球”が少なかった理由 ボールの進化とキックの進化の相互関係

北健一郎

06年W杯から注目された無回転シュート

06年ドイツW杯の際、ジュニーニョのミドルシュートはGK川口(写真)がつかむ前に変化し、ゴールへと吸い込まれた 【Getty Images】

 そして、本稿のテーマであるフリーキックとの関連性について。浅井教授は「不規則なブレは少なくなった印象を受ける」という。

「不規則なブレ」というのは、ボールが空気抵抗の影響を受けたときに、空気の流れに合わせて軌道やスピードを変化させること。ブラズーカはそうした不規則なブレが抑えられて、安定した軌道が見込めるようになったのだという。

「無回転状態での揚力の大きさやその変動を比較すると、ブラズーカの揚力のほうが、ジャブラニより小さい傾向にあることが分かりました。無回転(ブレ球)のような変化球を蹴った場合、ブラズーカはジャブラニよりも不規則な変化が小さいと推測されます」

 無回転シュートが世の中に大きく広まったのは06年のドイツW杯だった。このときの公式球「チームガイスト」は“無回転シュートを生むボール”と呼ばれ、GKの選手たちは恐れていた。

 それまでのボールは五角形、六角形のパネルを32枚貼り合わせたものだったが、「チームガイスト」はパネルの数を32枚から14枚に減らし、より“球体”に近い形になった。

 球体に近づいたことで空気抵抗の影響を受けやすくなるので、無回転状態のボールがゆらゆらと揺れたり、突然伸びたりといった予測不可能な変化を起こす。野球のナックルボールも同じカラクリだ。

 ドイツW杯のブラジル対日本の試合で、ジュニーニョ・ペルナンブカーノが決めたミドルシュートは、GK川口能活が触ろうとした手前でグッと伸びて、ゴールに突き刺さった。

 それまで無回転キックは偶然の要素が強かったが、ジュニーニョやイタリアのアンドレア・ピルロなど意図的に操る選手が出てきた。とりわけフリーキックでは無回転シュートは大きな効果を発揮した。GKはキッカーの利き足やボールの位置からシュートが飛んでくるコースを予測する。だが、無回転シュートの場合はコースを読んでいたとしても、ボールの軌道が予測不能なので止めようがない。まさにGK泣かせの魔球だった。

“ブレ球”は未完成ボールが生み出した現象

C・ロナウド(写真)や本田らは、すでに次の「トップスピン」シュートを試みている 【写真:ロイター/アフロ】

 だが、「予測不能なブレが生じるのは、ボールメーカーにとっては不本意なことでもあった」と言うように、ボールがまっすぐに飛ばずに、空気抵抗を受けて不規則にブレてしまうのは、ある意味でボールが未完成だったから生まれた産物でもあった。

 その後、アディダス社は32枚パネルに戻したり、技術的な改良を加えることによってブレ球の発生率を抑えようとしてきた。今大会の公式級ブラズーカでは無回転シュートを蹴ろうとするのはかなり難易度が高いと言えるだろう。

 イングランド戦でイタリアのピルロがブレ球を蹴ってバーに当てたことや、ダビド・ルイスが決めたシュートが示すように、「ブレないわけではない」(浅井教授)。それでも、無回転キックを蹴っても、ボールのブレが抑えられることによって、かつてほどのメリットはなくなってきているのは確かだ。

 すでにクリスティアーノ・ロナウドや本田といった“キックマスター”たちは無回転シュートからトップスピン(縦回転)と呼ばれる、高速で急激に落ちるボールに移行している。

 今大会でもロナウドや本田がトップスピンで狙おうとしているシーンは見られたが、完成度が不十分なのか、ゴールは決まらなかった。とはいえ、彼らが完全に習得してトップスピンのフリーキックを決めるようになれば、世界のトレンドになっていくことは大いにありえる。あるいは、また新たな“魔球”が生まれるかもしれない。

 ボールの進化に伴って、サッカーの技術も進化していく。こんな“イタチごっこ”であれば大歓迎である。

<了>

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【画像提供:マイナビ】

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第3章 シュートのセオリー編
第4章 ディフェンスのセオリー編
第5章 セットプレーのセオリー編
第6章 個人戦術のセオリー編
第7章 グループ戦術のセオリー編

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著者プロフィール

1982年7月6日生まれ。北海道旭川市出身。日本ジャーナリスト専門学校卒業後、放送作家事務所を経てフリーライターに。2005年から2009年まで『ストライカーDX』編集部に在籍し、2009年3月より独立。現在はサッカー、フットサルを中心に活動中。主な著書に「なぜボランチはムダなパスを出すのか?」「サッカーはミスが9割」(ガイドワークス)などがある。

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